2014年12月31日 (水)

2014年に読んだ本で印象に残ったベスト10

今年もマンガから哲学書まで、雑多に144冊の本を読みました。昨年の134冊から比べるとちょっと読書量は増えました。京都検定の受検勉強をしていたのと、英語の勉強をしていたので、去年より減るかなと思っていましたが、速読力が上がったのかもしれないですね。144冊の中からベスト10をまとめてみました。なお、書評はliblarに投稿したものと誤字脱字を修正等している以外は基本的に同じです。また、あくまで僕が読んだのが2014年ということなので、実際の発表はもっと前の本も含まれているのでご注意ください。
第10位
ショコラ
先日開催したブクブク交換会でいただいた一冊。フランス映画のような大人な雰囲気の小説で、要約するのが難しいけど、フランスの田舎町に引っ越してきたシングルマザーの主人公が、町の司教や一部の保守的な人たちと対立しながらも、自分のチョコレート屋さんの常連さんを増やしていって、人間的な交流を深めていくという感じかな。その人間模様が様々で、まさにタイトルのとおり、様々な味のチョコレートが詰まった箱をつまみ食いしたような読後感の一冊。
チョコレートのお菓子や飲み物がたくさん登場するんだけど、そのほとんどはどんな味だか食べたことがないからわからない。でも、どれもすごく美味しそうで、読んでいて涎が出てくるね。夜中に読むと危険な小説だ。
本書のテーマは、厳格なキリスト教の禁欲的態度と、魔女や多神教といった非キリスト教的価値観の対立にある。そして、後者が匂いや味といった、身体的な原始的な欲望を重視していて、それを前者が理性で抑圧しようとして失敗するという構図になっている。時代設定が明確になっていないけど、現代日本の感覚からすると、特に違和感はないかなあ。
第9位
くちびるに歌を
五島列島にある全校生徒150人の小さな中学校の、これまで女子しかいなかった合唱部が、産休の顧問に代わって東京から来た美人音楽教師目当てで入部した男子とともに、「Nコン」を目指す物語。思春期の悩み、将来への不安を抱えながらも、一つの目標に向かって努力する様子がとても魅力的で、自分の中学校時代の合唱コンクールのことを思い出して甘酸っぱい気持ちになった。
序盤に「それは声というよりも、あたたかい水のようだった。幾重もの声がかさなって、渾然一体となり、だれのものでもない歌声となる」という一節があるんだけど、合唱の魅力の本質を的確に表現していると同時に、この作品の構成も表していると思う。本作は、一人称視点の主体が頻繁に変わるんだけど、それが誰なのか、具体的に明示されることがない。そのため、最初は戸惑うんだけど、読み進めて行くうちに理解が深まって、誰の視点なのかが自然とわかるようになる。それがちょうど、読者自身が登場人物たちの歌声と一体化していくようで、とても楽しい。
本作に登場する課題曲「手紙~拝啓 十五の君へ~」は、本作を読み終えてから聴くと、一層味わい深いね。Nコンも視てみたいなと思ったら、今年の大会はちょっと前に終わっちゃったのね……。来年は忘れずに視よう!
https://www.youtube.com/watch?v=erGCAu_hFqM
第8位
弱いつながり 検索ワードを探す旅
寺山修司をもじって本書を表現すると、「友を捨てよ、旅に出よう」という感じになるだろうか。東浩紀の著書の中では格段に平易で、活字の大きさも『存在論的、郵便的』の倍くらいあって、本当に1時間も経たずに読み終えてしまうけれども、本書の見据える視界は広く、まさに本書自身が旅の第一歩になっているように感じた。
自分なりに乱暴に要約すると、本書のテーマは、ソーシャルメディアによって固定化された価値観や情報源に囚われてしまうのを打破するためには、旅行に出て意図的にノイズを得ることが重要だ、というものだ。キャス=サンスティーンが提案した、反対説へのリンクを貼ることで、ネット上にノイズを起こすという方策が上手く機能しない以上、物理的・身体的な方策でノイズを得るという本書の提案は魅力的だし、同意できる。僕自身、合気道やサイクリングを通じて、身体的な非日常感を得ることの重要さは理解しているつもりだったけど、それらは所詮は東京近辺の均質化した非日常性に過ぎないのであって、海外旅行で得られる非日常性とは比べ物にならないのだろう。
また、本書は、旅行は時間的に拘束されるからこそ、普段思いつかない思考を必然的にしてしまうところに価値があると説く。僕は京都が好きでよく旅行に行くけど、東京からだとせいぜい3時間で着いてしまうので、あまり思索にふける時間がなく往復できてしまう。それでも、京都の歴史について検索したくなる。海外旅行に行ったら、もっと色々なことを調べたくなるんだろうな。まずはパスポートを取得するところから始めようかな。
第7位
一瞬の風になれ
高校陸上部で早く走ることに情熱を捧げる短距離走選手の主人公たちを描く青春スポ根ものの感動作。僕は短距離も長距離も苦手だけど、陸上競技の魅力が良く伝わってきて、素晴らしい作品だと思うな。さすがは本屋大賞受賞作品だ。
今まで陸上競技ものでは三浦しをんの『風が強く吹いている』が一番だと思っていたけど、駅伝を描く同作とは違い、わずか10秒で決まってしまう100m走の奥深さがよくわかり、とても面白かった。また、400mリレーのメンバーの一体感は、読者自身もメンバーに巻き込んでハラハラしてしまう臨場感があった。400mリレーの面白さがわかったので、これからオリンピックとか世界陸上とかを見る楽しみが増えたなあ。
しかし、多少ネタばれになっちゃうけど、ものすごいタイミングでお終いになるのね……。主人公たちのチャレンジをもうちょっと見ていたかったと思っちゃうかな。それとも、続編があるのかしらん。
第6位
兄弟
中国ご出身の方からお借りした作品。中国文学は、西遊記や唐詩選といった古典や、魯迅の近代作品、金庸の武狭小説などは読んだ経験があるが、現代文学を読むのは、これが初めてだと思う。上下巻合わせて1,000ページを超える長編だけど、最初は独特の三人称的な文体にちょっと戸惑うが、それに慣れてくると、一気に引き込まれて読み切ってしまう。
本書は、前半が文化大革命の時代を、後半が改革開放経済の時代をそれぞれ描いているが、文化大革命については断片的な知識しか持っていなかったので、本書で描かれているような不寛容と暴力の時代だったのかと、大変勉強になった。後半の改革開放経済時代のギラギラとした欲望の描写は、あまり品が良いとは言えないかもしれないが、そこにこそ世界第二の経済大国にのしあがったエネルギーの源があるように感じた。
タイトルのとおり、本書はとある兄弟が時代の激動に揉まれながらも生きていく様子を描いているのだが、主人公の李光頭は、強欲だけれども決して約束を破らない義理堅さを持っており、好感が持てる。一方、もう一人の主人公である宋鋼は、ハンサムで聡明なのかもしれないが、自己主張ができず、主体的な意志決定ができないにも関わらず、非常に頑迷な性格なので、あまりシンパシーを抱けない……。ラストの宋鋼の悲劇には思わず目頭が熱くなるけれども、その悲劇も、宋鋼がもう少し柔軟に思考して、他者の意見を素直に聞き入れていれば防げたのではないのか。そう考えると、なんともやるせなくなる。
第5位
ヘイトスピーチ 表現の自由はどこまで認められるか
アメリカとヨーロッパ諸国を対比しながら、その国が歴史的にヘイトスピーチにどのような法規制で対処してきたのか、特に、ヘイトスピーチ規制と表現の自由の保護のバランスをどのように取ろうと努力してきたのかを概説する一冊。Synodosのこの記事から興味を惹かれて読んでみた。この記事が本書のエッセンスになっているので、本書を読む時間のない方は、この記事だけ読んでみるのでも良いかもしれない。
http://synodos.jp/society/6706
ヘイトスピーチというと、日本では主に在日朝鮮人差別の文脈で語られることが多いけど、欧米ではホロコースト否定、反イスラムといった文脈で語られることがメジャーのようだ。そのあたりの肌感覚が日本にいるとなかなか感じ取れないので、勉強になる。
個人的には、アファーマティブ・アクションの観点から、日本でもヘイトスピーチ規制法制を制定すべきだと考えている。特に、本書でも指摘されているように、「かつては人種差別的視点を身につけることも共有することもなかったであろう人々が、オンラインで結びつくようになっている」(146ページ)現実(ネットの情報だけを鵜呑みにしたネトウヨが増えている現実)を踏まえると、アメリカ型の行為規制では足りず、ヨーロッパ型の表現規制に踏み込まざるを得ないのではないかと思う。
第4位
夜は短し歩けよ乙女
京都一人旅のお供に、京都が舞台の小説を持っていった。森見登美彦の作品を読むのは初めてだけど、時代がかったバンカラな文体が読んでいてとても心地良い。北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』を連想したな。京大ならこんなバンカラさがまだ残っているのではないかと期待しちゃうけど、本当のところはどうなんだろう?(笑)主人公と「黒髪の君」の名前が最後まで一度も出てこないのも良い感じ。
※追記:2014年は森見登美彦作品に初めて出会って、一気に惹き込まれた。2014年最大の収穫かもしれない。本書を初め、森見登美彦作品には腐れ大学生がたくさん登場するけど、自分が高校生や大学生のときに読んでいたら、もっとハマってしまったんだろう。
第3位
シークレット・レース
癌の闘病生活から奇跡的に復帰し、世界最高峰の自転車レースであるツール・ド・フランスを七連覇したランス・アームストロング。しかし、そんなランスや著者自身を含む自転車競技のトップ選手たちが常習的かつ組織的にドーピングを行っていたことを告発する一冊。スリリングで、実に面白かった。自転車に乗らない人が読んでも十分に楽しめると思う。19作目の★5つ。
自転車乗りの端くれとしては、ランスがドーピングを認めたことは物凄くショックだったけど、本書を読むと、「なぜ自転車競技のトップ選手たちがドーピングをしなければならなかったのか」が、肯定はできないにせよ、理解はできるようになる。要は、プロ選手として生き残っているためには結果を出す必要があるからだと解釈したけど、多かれ少なかれ、どのスポーツでも同じ動機はありそうだと思う。
僕がスポーツに感じる一番の魅力は、その純粋さだ。そして、ドーピングは、その純粋さを汚すからこそ否定されなければならないと考えている。でも、選手たちがドーピングをする根底にある動機が、観客が求めるような魅力的なパフォーマンスをしなければならないという強迫観念にあるとすれば、僕たち観客自身にもドーピングの責任の一端があるのかもしれない。スポーツ観戦の在り方についても考えさせられる一冊だった。
第2位
旅をする木
自然写真家・星野道夫が、主にアラスカの大自然の素晴らしさやそこに住むインディアンたちの優しさなどを綴る随筆集。決して難しい文章ではないんだけど、奥深くて胸にすっと入ってくる豊潤さがあって、新年早々とても感動した。また、本書を読むと、星野道夫の行動力に圧倒され、自分の世界や視野の狭さに気付かされる。人生、もっとアクティブに生きなくちゃという勇気をもらった気がするな。生命の大きな循環を表現しているタイトルもとても印象的だ。17作目の★5つ。
本書で一番心を動かされた一節に、「涙が出るほど美しい夕陽を見たとして、自分の愛する人にその美しさをどうやって伝えるか?」という問答がある。本書で示された答えは「その夕陽を見て、感動して、自分が変わっていくこと」というものだ。この答えにはとてもガツンときた。星野道夫がアラスカで見た自然とは比べものにならないかもしれないけど、僕も日常生活でちょっと感動する景色やあるいは音楽や書物に接する。だけど、自分の文章力のなさや写真テクニックの低さのせいで、その感動を上手く表現することができない。でも、あえて表現する必要はないんだよね。その感動を養分にして、自分自身がより良く変わっていけばいいんだ。この発想には何だか目から鱗が落ちた気持ちがする。
第1位
木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
ハードカバーが出た時から気にはなっていたんだけど、あまりに分厚いので敬遠していた。文庫が出たのでようやく買い求めてみた。文庫も上下巻で1200ページ弱の大長編だけど、合気道家の端くれとしては実に面白い本だった。18作品目の★5つ。
「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と称えられ、史上最強の柔道家と目される大人物なのに、恥ずかしながら本書を読むまでその経歴や人となりはほとんど知らなかった。それにしても、戦前に天覧試合を制した全盛期の稽古量は本当に常人離れしている。また、「負けたら切腹する」という決死の覚悟も凄まじすぎる。とても真似できるレベルではないけど、武道の修行をする身としては、参考になることしきりだった。
しかし、戦争で徴兵されず、戦後の混乱もなく、柔道に専念できていたら、木村はもっともっと高みに登れたんだろうな……。そんな歴史の悪戯にも思いを巡らせた。でも、木村が戦後にプロ柔道やプロレスで苦労したからこそ、エリオ・グレイシーとの対決が実現し、その勝利が歴史に残ることになったわけで、そう考えるとどんな選択がベストだったのかわからない。まさに禍福はあざなえる縄のごとしだ。

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2013年12月31日 (火)

2013年に読んだ本で印象に残ったベスト10

今年もマンガから哲学書まで、雑多に134冊の本を読んだ。昨年の約150冊から比べるとちょっと読書量は減ったけど、ジャンルの多彩さ、一冊ずつの密度の濃さでは、今年のほうが上だったように思う。読んだ本は簡単な感想をliblarに残していたが、その中から「2013年に読んだ本で印象に残ったベスト10」をまとめてみた。なお、あくまで僕が読んだのが2013年ということなので、実際の発表はもっと前の本も含まれているのでご注意ください。

第10位
おどろきの中国
宮台真司、大澤真幸、橋爪大三郎という三人の社会学者が、西洋的な学問や思想では捉え難い「中国」の歴史、哲学、文化、社会、そして政治を縦横無尽に語り合う刺激的な鼎談。
高校時代に世界史選択だったおかげで、歴史・哲学・文化については再確認という感じだったけれども、特に現代中国の社会や政治の議論はとても勉強になった。たとえば「文化大革命」という出来事は聞いたことはあるけれども、それが起きた背景やその後の政治に与えた影響等については初耳のことも多かった。
また、これから日本が「中国」にどう向き合っていけば良いのか、その前提としての歴史問題にどう対処すれば良いのかが非常に示唆的だったと思う。東京裁判という「フィクション」を前提として、そこから信頼関係を醸成すべきとの主張には納得できる。

第9位
知の境界線を突破せよ!
日本で最先端の学際的研究を行っている「新領域融合研究センター」のプロジェクトの概要を紹介する一冊。あくまで概要なので、専門的な知識がなくても大丈夫。知り合いの方のインタビューが掲載されているというので興味をもって読んでみたけど、一般にはあまり知られていないところで、こんなにも高度な研究が活発に行われているという事実を知ることができて、久々に知的興奮を味わうことができたと思う。
自分の職業柄、「システム・レジリエンス」の話はとても興味深かった。多少は専門的に関わっている著作権法はかなり法律制定当初の理念とインターネットを踏まえた実態とが乖離してきているので、これをいかにレジリエントにすることができるのか、機会があれば色々と議論させていただきたいな。
また、「IDデータコモンズ」の話もとても示唆的だった。名前から推測するに、クリエイティブコモンズの発想がベースにあるのではと思うのだけれども、個人情報の主体が自らの情報の使用範囲等を一定の枠の中から自律的に決定できるというのは、わかりやすさと柔軟さが両立されていて、とても良いと思った。

第8位
クラバート
去年、朝日新聞の「be」のファンタジー小説ランキングで僕の好きなトールキンやエンデを押さえて一位になっていたので気になって読んでみたけど、さすがに面白い!350ページ超の長編だけど、叙事的にテンポよく話が展開するので、一息に読めてしまう。
ファンタジーなので魔法も出てくるけど、派手な魔法合戦というよりも、さりげない神秘として描かれるので、400年前には本当にこんな魔法学校があったんじゃないかと想像しちゃうな。
あと、三十年戦争中のザクセンが舞台だけど、近世ドイツの農村の日常生活や慣習が詳細に描写されていて、歴史好きにも興味深い。

第7位
ぼくらのよあけ
本作は、空間投影式ARや自律ロボットが日常生活に溶け込んでいる数十年後の近未来を舞台にしていて、地球外知的生命体との接触、技術特異点の突破といったハードなSFのテーマを取り扱っているのだけれども、そんな難しいこととは無関係に、小学生男子のわくわくするような夏休みや、思春期女子の陰湿ないじめや、見知らぬ誰かと友達になることや、大切な人と別れる悲しさを乗り越えて大人になることや、そんな時代が経っても変わらない普遍的な事柄が、とても魅力的に描かれている。
素晴らしいSFジュブナイルなので、全2巻と短いし、ぜひ多くの人に読んでもらいたい作品だと思う。

第6位
夕凪の街 桜の国
前々から気にはなっていた作品なんだけど、『はだしのゲン』騒動で連想されたので、思い切って読んでみた。素晴らしいの一言。
上手く言語化できないけど、タイトルのとおり静穏で淡々とした日常の描写を通じて、原爆に負けずに必死に生きる人たちが描かれる様が、美しくて、切なくて、哀しくて、涙なしには読めない。全部で100ページくらいの短い作品だし、未読の方には本当におススメ。

第5位
日の名残り
1950年代、イギリスの伝統的名家に長年仕えてきた名執事が、一週間の自動車旅行の中で、過去の自分の仕事を思い返しながら、職業的プロ意識とは何か、「品格」とは何かを自問しつつ、自分の人生を見つめ直す作品。先日の北鎌倉ブクブク交換会でいただいた一冊だけど、実に感慨深かく、面白かった。
まず何より、主人公スティーブンスの控えめで丁寧だけど格調高い言葉遣いが素晴らしい。このような言葉遣いができること自体が「品格」の表れではないかと思う。原文でもぜひ読んでみたいと思った。
本作のメインテーマは、人生を振り返るとき、上手く行かなかったことに悔恨の念を抱くのではなく、全力を尽くしたのであればそれを誇りに思うべきだというものだと思う。僕の表現力が足りないので上手く伝えられないけど、それは単なる自己肯定ではなくて、人間の尊厳に結びついている大切なものだと思う。似たような感想を藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』を読んだ時にも感じた。
もっと自分が大人になったときに再読したら、また違う感想を抱くんだろうな。それが実に楽しみな一冊だ。映画化もされているそうなので、それも観ていたい。

第4位
にっぽん国恋愛事件
1989年に第101回直木賞を受賞した作家・笹倉明による、不倫の別れ話から複雑に縺れる男女の愛憎劇と二転三転する裁判の模様を描いた作品。絶版本だけれども、Amazonで古本を1円で買えるので、ぜひ一読して欲しい一冊だ。
文庫で700ページ弱もある長編だけど、序盤のドロドロとした不倫模様とどうしようもなく泥沼に陥っていく描写には多少辟易したが、法律闘争が始まってからはどんどんスピード感があがり、一気に作品に惹き込まれていく。
読者は”神の視点”で全ての登場人物の心情がわかる構成になっているので、”ここで譲歩しておけば””ここで素直な気持ちになっていれば”というやきもきすることしきりなのだけれども、そういうもどかしい思いを通じて、読者自身が自分自身の対人関係の取り方や心情の吐露の仕方を気付かされる。大げさなことを言えば、「人生を学べる」一冊だと思う。
ところで、本作に登場する「下村」弁護士のモデルになったのが僕の父だというのだけれども、本当なのかしらん……。

第3位
暇と退屈の倫理学
著者の『ドゥルーズの哲学原理』が面白かったので紐解いてみたけど、個人的に長年思い悩んでいた「如何に生きるべきか」という問いにストレートに答えてくれていて、読了して心が晴れた気持ちになった。
本書は哲学、経済学、生物学、考古学、歴史等々の様々な知識を縦横無尽に駆使して、<暇と退屈>に如何に対処すべきかについて論じているけれども、「楽しむことを学びながら、その楽しみによって刺激されて思考していく」という本書の結論は、自分自身がこれまで実践してきた生き方を裏付けてくれるようで、とても心強く感じる。
不断に学び続けること、学んだことに刺激されて思考し続けること、それらの積み重ねこそが人生なのだと思う。本書は「倫理学」と題されているが、まさに生きるべき指標を指示してくれる一冊だ。

第2位
合気道と中国武術はなぜ強いのか?
合気道を稽古する者として非常に気になるタイトルだったので紐解いてみたが、「合気道は実戦で有効なのか?」という自分自身でも以前からずっと疑問に思っていたことに明確な答えが示されていて、思わず膝を打った。
この本を読んだからといっていきなく強くなれるわけではもちろんないけれども、普段の稽古にどのような姿勢で取り組めば良いか、その方向性が見えた気がする。あと、僕の道場ではほとんど稽古しないけど、対武器の訓練は重要だと思った。特に、木刀に素手で対する技の練習だな。圧倒的にリーチが違うので、木刀で打たれる恐怖に打ち勝って、勇気を持って一歩踏み込める強い気持ちの鍛錬が必要だと感じた。

第1位
壬生義士伝
新撰組監察・吉村貫一郎の義を貫いた一生を、本人の述懐と、維新を生き抜いた元新撰組隊士達の思い出話によって、時代を超えて多面的に描く感動作。下巻の後半は涙なしには読めない。新撰組ものの小説では司馬遼太郎の『燃えよ剣』と『新撰組血風録』が至高と思っていたけど、それらに匹敵する面白さだった(司馬遼太郎作品では、吉村貫一郎はほとんど登場しないんだよね)。
今日でも新撰組が人気な理由として、「誠」に殉じた清廉な潔さに対する憧れがあると思うが、強くて、学問ができて、それでいて義を貫き通す吉村貫一郎の生き様は、まさに男子の鑑とするところだと思う。もっとも、Wikipediaによると、ほとんどが創作らしいけど……。
浅田次郎作品を読むのは実は初めてなのだけど、次は『輪違屋糸里』を読んでみようかな。

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2013年12月30日 (月)

『かぐや姫の物語』感想

(Facebookには投稿済みだけど、ブログにも転載しておきます)
高畑勲監督の『かぐや姫の物語』を観てきた。何とも評価に困る作品だったというのが正直な印象だ。以下の感想ではネタばれを含むので、未見の方はご注意ください。

http://kaguyahime-monogatari.jp/

まず良かったところを数えていくと、第一に、水彩画風の淡い色彩で描かれる四季の自然の美しさが何といっても挙げられる。素晴らしい絵手紙がそのまま動いているようだった。高畑勲監督の『平成狸合戦ぽんぽこ』にも似たような自然の描写はあったけど、それがさらに淡く、柔らかくなっていて、日本人の心象風景に訴えかける綺麗さだった。

第二に、登場人物の、特に赤ん坊の、デフォルメされていてユーモラスではあるものの、躍動感のある動作の描写が挙げられる。序盤の情愛溢れる子育てのシーンがとても魅力的だった。印象的だった予告編の疾走シーンは本編でも同じように迫力があった。

第三に、和琴を中心にした素朴だけど味わい深い音楽が挙げられる。琴の音楽に感動したのはカンフー映画『HERO』の碁会所での闘いのBGM以来だなあ。月の世界の住人達の音楽も、個人的には嫌いじゃない(笑)。

一方で、本作のストーリーは高校時代に古典の授業で勉強した『竹取物語』をほぼ踏襲しているのだけど、現代的にどういうテーマ性、メッセージ性があるのか、イマイチ理解しきれなかった。本作のキャッチコピーは「姫の犯した罪と罰」だけど、その罪と罰が何だったのか、よくわらなかった。前半は翁の一方的な「高貴な姫」の押し付けに対する「籠の中の鳥」的な反発が主軸だったけれど、その反抗心も後半に月の世界が植えつけた無意識のバリアのようなものだったとタネあかしされてしまうので、無効になってしまう。

では、「姫の犯した罪と罰」とは結局何だったのか。ほとんど直感だけれども、地球の美しい自然に憧れたことが姫の「罪」であり、地球の美しさに触れてそれを心から愛しく感じたのに、強制的にそれを忘れさせられてしまうことが、姫に対する「罰」であるのではないかと思った。ただ、月に戻る途中で地球を振りかえって姫が涙を流すのは、そんな過酷な罰を受けたのにもかかわらず、姫が地球のことを完全には忘れていないことの証拠であるように思う。そこに一片の希望があるのかもしれない。

しかし、姫の罪と罰をそのように捉えると、本作は基本的には月世界の思う通りに事が進んでしまったわけで、ハッキリ言ってバッドエンドである。となると、次に問うべきは、本作が引退作となるであろう高畑勲監督が、なぜそのようなバッドエンドの映画を作ったのだろうかということだと思う。宮崎駿監督の『風立ちぬ』は自分のこれまでの仕事の自己肯定という一面があったので、引退作としてはわかりやすい。それと対比すると、『かぐや姫の物語』にはそういう自己言及性がないように思うし、強いメッセージ性もない気がする。

この問については全く考察ができていないが、作品外部の事情を斟酌すると、元々、本作は宮崎駿監督の『風立ちぬ』と同時上映予定の作品であったことが理由の一つなのかもしれない。同時上映とするからには、本作は当初は中編だったのだろう。つまり、当初は『竹取物語』をコンパクトに描くつもりだったのが、テーマ性の考察が不十分なまま次第に尺が長くなってしまった結果、不用意にバッドエンドになってしまったのかもしれないと思った。他の人とも話をして、もう少し考えてみたい。

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2013年8月19日 (月)

『風立ちぬ』感想

宮崎駿監督作品『風立ちぬ』を観てきた。これまでのジブリ作品とは少し毛色が違い、「血沸き肉躍る冒険活劇」でも「気軽に笑って楽しめるエンターテイメント」でも「深く感動して泣ける作品」でもないけれど、淡々とした描写の内に一本のしっかりした夢が描かれていて、なかなかに面白かった。ちなみに、庵野が主人公の声優をやるということで、正直、かなり心配だったんだけど、『ハウルの動く城』のキムタク同様、意外と違和感はなかった。とはいえ、演技力に難があることは否定できないように思うので、声優でなくても、せめて演劇経験のある俳優を使ってほしかった……。松任谷由美「ひこうき雲」をエンドレスリピートしながら、感想を記してみる。ネタばれが含まれるので、未見の方はご注意ください。既にご覧になった方はぜひご意見、ご感想をいただければ幸いです。
http://kazetachinu.jp/

まず文句なしに素晴らしかったのは、豊かな自然と風の描写の美しさだ。新海誠作品のようなスーパーリアリズムとは方向性が違うけれども、アニメ調にアレンジされてはいるがたしかにこんな美しい草原やお花畑があるだろうと思わせる描き方が素晴らしい。そして、そんな草花の上を渡る風が目に見えるようで、とても感動した。特に、菜穂子との結婚式のシーンの花びらが風に舞うシーンは叙情的で美しかったと思う。

また、ジブリ作品といえば「飛行」が代名詞だけれども、本作でも青空を自由自在に駆ける飛行機の飛翔感がとても良かった。鳥人間コンテストに出てくるような見るからに翼が折れそうだなと思う飛行機はちゃんと壊れる現実感も良い感じだ。ただ、そんな飛行シーンも、主人公の二郎が飛行の当事者ではない(パイロットではないし、数少ない飛行機搭乗シーンも自分で操縦はしない)ため、観客としては一体感を抱きにくい気もした。二郎自身が移動するのは、あくまで鉄道やバスや自動車だったりして、地面に縛られているんだよね。

あと、わかると嬉しい小ネタとしては、ユンカースの爆撃機のエピソードは『宮崎駿の雑想ノート』の「知られざる巨人の末弟」が元ネタだし、ホテルで出会う反体制派ドイツ人「カストルプ」は、自信が言及していたトーマス・マン『魔の山』の主人公ハンス・カストルプをそのまま使っているんだよね。

このように、かなり褒めてきたけど、本作のテーマやメッセージについては、正直なところ、手放しで称賛することは困難であるように思う。

まず、主人公の二郎があまり喋らないこともあり、内面を掴みにくかった。特定の出来事を契機に成長した様子が描かれているわけでもないし、失敗に苦悩している様子も読み取りにくい(カストルプの台詞でそうと知れるだけだった)。時代が飛び飛びに描かれているせいもあるが、二郎は既に完成した「天才」として描かれているだけで、それはある意味、平板である。

また、二郎と夢を共有するカプローニ伯爵だが、少年時代に読んだ雑誌に載っていたのを読んだ後や、関東大震災の直後に図書館の本を救出した時に偶然入手した絵葉書(?)を見た後に登場していることからすれば、二郎自身はカプローニと実際に会ったことはないのだろうと推測する。とすると、あのカプローニは二郎自身の人格の投影であり、他者でも指導者でもない。言い換えると、二郎の夢の世界は自分自身で完結しているのであり、それを悪く言えば、菜穂子の父が指摘していたように、二郎は「エゴイスト」だということなのだと思う。

菜穂子についても、二郎が「白馬の王子様」だったという一目惚れ説を受け入れたとしても、自分の生命という究極の自己犠牲をして一途に尽くすという態度は、今日の女性に受け入れられるのか、疑問に感じた。菜穂子のそのような態度それ自体は普遍的に尊いものかもしれないし、当時の道徳観からすればあり得るのかもしれないが、現代的視点で考えると、旧時代的で、メッセージ性に欠けるように思った。

そして、本作のメインテーマであると思われるところの「創造的仕事ができる年齢にはタイムリミットがある=だから精一杯生きねばならない」については、二郎がその結果を十分に引き受けていないように思われ、中途半端だったように感じた。そもそも、そのテーマが「人生は有限である」という意味であればそれは当然であるわけなので、その割に二郎がそのために犠牲にしたものの罰を引き受けているようにあまり思えないことに違和感があった。

たとえば、二郎が開発した零戦に乗って死んでいった若者達は本作には登場せず、むしろ二郎はテストパイロットから「素晴らしい飛行機を作ってくれた」と感謝されているだけである。また、ラストの夢のシーンで『紅の豚』と同じ飛行機の葬列が出てくるが、二郎は死んでいった零戦パイロットから非難されることはない。

何よりラストの夢のシーンで二郎は死に目に会えなかった菜穂子と再開し、無条件に赦されているのである。上述のとおり、この夢のシーンが二郎自身の内面の投影だとすると、菜穂子による赦しは二郎の願望そのものに過ぎないように思えた。

思うに、「創造的仕事ができる年齢にはタイムリミットがある」というテーマが真実であるとしても、それを絶対の固定の期間と捉えるのではなく、作中に登場する「アキレスと亀」のパラドックスのように、漸進的なものとして把握すれば良かったのではないだろうか。二郎自身の台詞に「小さな亀になれば」というものがあったと思うが、タイムリミットに怯えて自分の大切なものまでを犠牲にするのではなく、パラドックスを逆手に取って、タイムリミットが経過するまでにさらに一歩でも先に進めていたという希望を描けていたら良かったのにと思う。単なる史実を描くわけではない本作には、その希望を描けていた可能性があると思うので、残念だ。

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2013年7月26日 (金)

『SHORTPEACE』感想

大友克洋監督の短編アニメーション作品集『SHORTPEACE』を観てきた。短編集ということで前作『MEMORIES』を連想したが、本作は”和”のテイストで統一感があって、クールジャパン的な作品に仕上がっていたと思う。以下、各作品について簡単な感想を。多少のネタばれを含むので、未見の方はご注意ください。
http://shortpeace-movie.com/jp/

1.九十九
「付喪神」が発生する原因である”物を粗末にすること”と、「付喪神」を鎮める方法である”物に感謝すること”がわかりやすく描かれていて、なかなか面白い。ただ、伝統的な『百鬼夜行絵巻』等では、「付喪神」はむしろ街中に出現する怪異という位置付けだったと思うので、舞台が深山幽谷であることに少し違和感があったかな。それにしても、万能スキルをもった主人公の男の正体が気になる(笑)。

2.火要鎮
第16回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞した作品ということで期待して観たが、江戸時代の花鳥風月が絵巻物風に描かれていて、とても趣深い和風の美しさを感じられた。その点は文句なく素晴らしかったが、ストーリーは正直なところ今一つだった。ラストがあまりに唐突というか、悲劇であることはわかるけど、もうちょっと説明があっても良いのではと思った。「考えるな、感じろ」ということなのかな……。

3.GAMBO
「鬼」と「神獣である熊」との死闘を描いた作品。ほぼ戦闘シーンのみなので迫力は十二分。ただ、「鬼」の正体をSF的に描いてはいるが、その正体から当然想定されるはずの知性を「鬼」が全く有しておらず、その点が少し矛盾しているのではと思った。「鬼」に手枷が付いていたのはどういう意味だったのかな?全体的に説明不足なように思う。

4.武器よさらば
本作が一番”大友克洋”っぽい作品だった。初期の短編漫画作品集に収録されていた漫画を原作にした作品だと思う。原作をどこかで読んだ記憶が微かにあるけど、詳細は思い出せないな。しかし、絶望的な闘いに比してラストがあまりに皮肉なオチになるというストーリーは、まさに大友節そのもので、オールドファンとしては一番ニヤリとできる作品だと思う。

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2013年7月13日 (土)

『おおかみこどもの雨と雪』感想

細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』を観た。とても良い作品だったと思う。前作『サマーウォーズ』が個人的にはイマイチだったので、本作は興味はあったものの映画館では観なかったのだけど、劇場で観れば良かったなあ。以下、ネタばれを含むので、未見の方はご注意を。
http://www.ookamikodomo.jp/index.html

『サマーウォーズ』は「家族の絆の大切さ」をテーマに謳っていたけど、同作における”家族”とは基本的には”血族”=生得性であり、かつその生得性が既に完成していて、物語のなかでその正当性が疑われたり、あるいは成長したりすることがないのが不満だった。

それに対して、本作はやはり”血族”と生得性(常人とは異なる「おおかみこども」であること)を描いてはいるが、「育児」がテーマであるため”家族”になっていく過程が一から描かれている点、そして生得性について主人公たちが悩み、自分自身の答えを見つけ出していく点、その2点がとてもわかりやすくて、感動的だった。

前者の点では、花が”巣立ち”する雨に対して「もっと愛情を注ぎたかった」と未練を残しつつ、雨の独り立ちを言祝ぐシーンが素晴らしかった。母親の無条件の愛情を感じた。そして後者の点では、雪が、草平を傷付けたのは自分であること=自分の生得性を告白して、許されるシーンが白眉。その意味では、草平の寛容さが一番魅力的だったな。

一方で不満点を挙げるとすると、僕が男性だからという理由もあるけど、父親の不在がある。そもそも雪と雨の父親には名前がない(草平の母親の再婚相手も登場しない)。フロムの『愛するということ』によれば、母性的愛は無条件の愛であるのに対して、父性的愛は条件付きの愛(○○するから愛する)である。本作にはそのような母性的愛とは違う愛情が描かれていなかった。それがあれば、作品の厚みがさらに広がっただろうにと思うと少し残念だ。

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2013年6月22日 (土)

『言の葉の庭』感想

新海誠監督の最新作『言の葉の庭』を観てきた。実写以上に緻密で繊細な映像と抒情的な音楽が合わさって、「美しい」の一言に尽きる。Facebookにも書いたけど、簡単に雑感と考察を記しておく。多少のネタばれが含まれるので、未見の方はご注意を。
http://www.kotonohanoniwa.jp/

『ほしのこえ』や『秒速5センチメートル』といった過去の新海作品では、「ケータイメール」というテクノロジーによりコミュニケーションは可能なはずなのに、物理的な距離が遠ざかることにより不可避的に生じてしまうディスコミュニケーションの切なさ、その結果としての悲恋を一貫したテーマとして描いており、そのようなテーマ性こそが”映像作家”新海誠の現代性の象徴だったと思う。

しかし、本作では、そのようなテクノロジーは登場しておらず、現代性という観点からすると後退しているようにも思える(本作はたとえば1980年を舞台にしても全く問題なく成立するだろう)。

一方で、本作では過去作品にはない新しい表現手法が採り入れられていると思う。それは登場人物のモノローグの少なさと、それに反比例する会話の豊富さである(特にラストの秋月の長台詞)。

新海作品のモノローグは、登場人物が自分の心中を一歩引いた視点で客観的に説明するという感じのものだった。だから、過去の作品では、登場人物があまり喋らずにモノローグが多用されることにより、実際に登場人物がどのような会話を交わしたのかといった細部については、視聴者の想像に委ねられている部分が大きかったように思う。それが本作では、登場人物が自らの胸の内の激情を自分の言葉で吐露している。それゆえにこそ、本作は過去作品に比べて、直接的に視聴者の胸を打つ力が強くなっているように感じた。

さらに一歩進めて、なぜそのように会話が豊富になったのかを考えてみると、やはり登場人物の作画レベルが上がったことが大きな要因であるように思う。過去作品は、背景の比類のない美しさに比べると、登場人物はお世辞にも上手くはなかった。だからこそモノローグで誤魔化していた面があったのだと思うが、本作では、ラストの秋月の長台詞のような、感情を露わにした表情がとても情感を込めて描かれていた。

まとめると、本作は、現代性を捨てて、その代わりに表現力で勝負するという、”映像作家”新海誠としてはとても意欲的で実験的な作品だったのだと思う。本作ではその実験は成功していたと思うので、この成功体験を軸に、新海誠監督がどのような次回作を魅せてくれるのか、今からとても楽しみだ。Blu-rayを買ったので、まずは本作をもう一度観返してみようかな。

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