『数学的にありえない』読了
アダム・ファウアーの『数学的にありえない』を読了しました。去年、マイミクの読書家の先輩が薦めてくださっていた記憶があるのですが、さすがに面白く、一息に読んでしまいました。ジャンルとしては、SF+アクションという感じでしょうか。確率論、相対性理論、量子物理学といった科学理論と、集合的無意識、仏教思想といった思想概念を融合させたアイディアがベースになっていますので、そういった単語に反応した人にはオススメできると思います。また、本書のような「科学理論を下敷きにしたエンターテインメント小説」ということで何かと比較されているのが『ダヴィンチ・コード』ですので、『ダヴィンチ・コード』を読んだことのある方は、その数学版だと思っていただければ、当たらずとも遠からずかもしれません。
@niftyBOOKS:数学的にありえない 上
http://nifty.bk1.co.jp/product/2705049
@niftyBOOKS:数学的にありえない 下
http://nifty.bk1.co.jp/product/2705050
なお、以下の感想は、ネタばれしていますので、未読の方はご注意ください。
本書のような「特別な能力を有する主人公が、その能力を駆使して超絶的に不利な状況を見事にひっくり返し、最高のハッピーエンドを手に入れる」というストーリーは、読んでいて非常に爽快感があり、とても好きです。
本書に似たようなストーリーとして、「タイムスリップ」ものとでも呼ぶのでしょうか、「過去に戻って歴史を改ざんし、最高のハッピーエンドを手に入れる」というものがあります。プロットとしては古典的ですので、ハインラインの『夏への扉』に代表されるSF作品とか、最近の作品では、東浩紀の『ゲーム的リアリズムの誕生』でも紹介されていた『Ever17』とか、最高のハッピーエンドではないですけど『時をかける少女』とかが挙げられると思います。あとは、何と言っても「ブリンダーの木」を連想しますね。無数に分岐する過去と未来を樹木の枝分かれを使って喩えるところなどはそっくりだと思います。
しかし、それらの先行する作品郡と比較して、本作の未来予知能力が特徴的なのは、(1)過去は決定論的であり、改ざんできない=もう一度戻ってやり直すということができない、(2)未来予知はあくまで確率論的なものであり、「絶対に正しい真実」を言い当てるわけではない、という2点であると考えます。特に(1)は、「時は可逆だが歴史は不可逆」という発想の「ブリンダーの木」との最大の相違点だと思います。つまり、本作は、「過去のあのときにもしもこうしていれば」という、ある意味で後ろ向きなifの世界を描いているのではなく、将来がどうなるかはわからないけれども、最高の未来を迎えるために、今、自分にできることにベストを尽くすという、非常に前向きなifの世界(未来の可能性は無限にあり得るという意味で)を描いていると思うのです。
東浩紀が『時をかける少女』の評論で、「人生はいくらでもリセットできるが、ひとつの場面はやはりいちどしか経験できない」と述べていますが、本作の主人公は、未来予知能力を駆使して、自分の未来の人生を全て経験し、リセットを無限に繰り返したうえで、それでも最後にはひとつの決断をし、その選択に従って未来を生きていくわけです。そのような現在を主体的に決定しながら生きていくという姿勢(そして、最後にはハッピーエンドになること)は、私たち自身の生の肯定であり、「主人公の能力は誰もが持っている」ものだという本書の一節は、そのような文脈において解釈すべきではないかと考えます。本書がとても爽やかな読後感を残すのは、単に伏線が見事に回収されていく爽快感だけでなく、本書が上記のような「構造的主題」を抱えているからではないでしょうか。
http://www.hirokiazuma.com/archives/000239.html
ケ イ ン 現実世界に戻ってから、ぼくはどうすればいいんだろう?
<彼女> 自分のしたいことをすればいいわ。あなたには自分の未来を選ぶ力がある。そうすることによって、周囲の人たちの未来も変えていくの。
ケ イ ン でも、どの決断が正しいかなんて、どうすればわかるんだい?全てが相互に結びついているわけだろう?僕にとって正しい決断が、誰かを傷つけるけるかもしれない。
<彼女> 決断には正しいも間違っているもないの。決断はただの決断でしかない。あなたは自分が別とだと思うものを選べばいいわ。
ケ イ ン だけど、どうやって?
<彼女> それはあなた次第よ。
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コメント
おお、読んだかね。お楽しみ頂けた様で何よりだ。
ただ、これはガチンコのミステリであって、これをSFと呼ぶと、双方のファンからいろいろ文句が来ると思う。
SF的なネタとしては、処理の仕方があまりににも浅いという見方がされるし、ミステリとしては、そのネタは単にネタとして扱っているだけで、ミステリのプロットに完全に昇華しているところが読みどころなのだ、とする見方もされてしまうわけですね。
でも、まあ偏狭なジャンル読者なんてごく少数派なんで、そんな縄張り意識なんて無視してくれていいんだけどw
投稿: 牧人 | 2007年5月16日 (水) 21時32分
牧人さん、コメントありがとうございます!
ふむふむ、勉強になります。ジャンルの考え方は複雑で難しいですねえ……。
個人的な考えですが、僕は「SF」というジャンルをかなり広く捉えています。藤子・F・不二雄が「SFとは、すこし・ふしぎの略だ」という名言を残していますが、そこまで広くは取らないにしろ、文字通りScience Fictionすなわち科学理論をネタにした小説が「SF」だと考えています。
一方で、僕は「ミステリ」というジャンルは、あくまで現実世界をベースにしたものだと考えています。ミステリの十戒みたいなものがあったと思いますが、たとえば絶対に検知できない毒物とか、科学を超越した超能力とかがでてきたら、それはもはやミステリとは呼べず、ファンタジーとかに分類されるんじゃないかと思っています。
『数学的にありえない』は、たしかにいわゆるハードSFではないとは思いますが、科学理論をネタにしているのは確実だと思います。また、本書の主人公の超能力は非現実的であり、ミステリとは考えられないんじゃないかと思います。なので、個人的にはSFではないかと思っていますね。素人判断なので、色々突込みどころはあると思いますが……。
投稿: Rivast | 2007年5月18日 (金) 01時21分
そういうものを考えるときに、SFミステリ、というジャンルがあって、一点(ないし数点)だけSF設定を持ち込み、その中で後は現実の論理だけが働くミステリ展開がされていくものを指します。
ただ、『数学的にありえない』はSFミステリと呼ぶほどには、SFネタが使い古されているものなので僕自身はためらいを覚えます。
逆に言うと、あの使い古されたネタを、下巻の方では連続に次ぐ連続の、伏線の回収に使っていくというミステリの発想が光っていると思うのね。
まあ、この辺はあまり答えが出ようもない話だけど。今度あった時にネタバレで喋ろう!
投稿: 牧人 | 2007年5月19日 (土) 07時13分