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2008年8月16日 (土)

『崖の上のポニョ』鑑賞

宮崎駿監督の最新作『崖の上のポニョ』を観賞しました。スタジオジブリの前作『ゲド戦記』がイマイチな出来であっただけに、今回のポニョも『カリオストロの城』とか『天空の城ラピュタ』といった全盛期の宮崎駿作品に比較すると、期待はずれに終わってしまうのではないかと内心では戦々恐々としていたのですが、良い方向に予想が外れて、かなり楽しめる作品だったと思います。例の頭にこびりついて離れない主題歌を除いて、前知識をほとんど入れずに観ましたが、個人的には『千と千尋の神隠し』より好きになれた感じですね。

ちなみに、キネカ大森の土曜日の最初の回に観に行ったのですが、数日前に観に行った人の話だと、平日の夜の上映回は物凄く空いていて観客が全部でたったの7人しかいなかったということでしたが、さすがに混んでいました。座れないほどではなかったですが、お盆休みだけに小さな子供連れの親子が多かったですね。そのせいで、途中で泣き出す子供がいたりしてちょっと喧しいときもありましたが、子供は可笑しい場面では笑いますし、恐ろしい場面では怖がりますし、反応がとても素直でした。なので、大人の汚れちまった視点では味わえなかったポニョの鑑賞の仕方がわかって、作品を理解する補助線にもなったように思います。

以下はネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。

さて、宮崎駿作品の特徴と言えば、迫力と律動感に溢れた「動き」、自由に空を飛ぶ「浮遊感」にあると思います。どちらも現実ではあり得ないけれども、まさにアニメーションのなかでしかできない魅力的な表現だと思います(この2つの特徴が一番現れているのは、『カリオストロの城』の塔をジャンプして越えるシーンではないかと思いますね)。

まず、この第一の特徴である「動き」の良さがポニョには満ち溢れていて、それがポニョの一番の魅力なのではないかと思います。宮崎駿の前々作『千と千尋の神隠し』が偏執的なまでに精緻に書き込まれた画像と原色の派手派手しい色彩に満ちたギトギトとした重たい作品だったのに対し、ポニョはデフォルメされた絵柄と色鉛筆で手書きしたようなメルヘンチックな柔らかい色合いの作品です。そのため、アニメーションの動きが軽くて柔らかい感じがするのです。キャラクターがとても生き生きと画面中を動き回っている様子が伝わってきます。この小気味よさが素晴らしいですね。

先週鑑賞した『スカイ・クロラ』がCGをフル活用してスピード感のあるリアルな空戦を描ききっていたのに対して、ポニョは昔ながらの手書きのセルアニメの表現手法とでも言うべき観ていて懐かしさを感じるような「アニメちっく」なデフォルメ化された動きをしています。ただ、そのデフォルメのバランスがややもすると「現実的にありえないだろう」という印象を抱いてしまうレベルなので、作品の舞台となる街の設定等が現実に即したものであるため、観る人の中に「現実的にはこんな行動しないだろう」という反感を持たせてしまうきらいがあるのではないかという感じもします。

たとえば、海が荒れて通行止めなのに崖の上の我が家に帰ろうとするシーンでは、間一髪で大波を避けていく自動車の動きと、波の上を軽やかに駆けるポニョの動きが抜群なのですが、現実に台風が来たのなら避難が先決だろうと野暮なことを言い出したくなってしまうのですよね。これまでの宮崎駿作品では、現実的に考えると無茶な行動をとっていても、物語の舞台が異世界であったり、あるいは無茶なことがちゃんと無茶なことと描かれていたりする(『魔女の宅急便』でバスと衝突しそうになって警官に怒られるシーン)ので違和感が少ないと思います。けれども、ポニョは舞台は現実世界ですし、何より登場人物の行動について明確なエクスキューズがなされていませんので、どうしても違和感を感じてしまうように思いますね。ただ、おそらくそれは計算の上であって、そういった説明のためにアニメーションのテンポを落とさないようにしようというのが宮崎駿の意図なのではないかと考えます。

次に、宮崎駿作品のもう一つの特徴である「浮遊感」ですが、ポニョには直接的には空を飛ぶシーンは出てこなかったと思いますが、海ならではの深さと浮力の表現が素晴らしかったです。ときに泡のようにフワフワと漂い、ときに津波のように猛烈に襲いかかる、水の表情がとても魅力的に描かれていたと思います。また、海水が非常に透明感がありますので、画面全体が海と空の境界線が渾然一体となった広い世界として表現されていたと思います。特に、嵐の夜が明けて、崖の上の自宅まで海面が上昇した朝のシーンで、海中からポニョや宗介を見上げるシーンで、どこまでも澄んだ水中と、水面でポニョや宗介の顔がゆらめいているシーンでは、奥行きの深さを感じました。

これまでの宮崎駿作品における「浮遊感」は、『天空の城ラピュタ』や『紅の豚』が典型例ですが、機械に乗って空中を疾走するというイメージが強かったです。それに対して、ポニョはあくまで水中の浮遊感であって、しかも自分自身の力による泳ぎなので、スピード感という点では一歩落ちるかもしれないです。その代わりに、上記の「動き」でも触れたような、柔らかさが見事に描かれていたように思います。

そして、その柔らかさを感じる原因となっているのが、ポニョの色彩だと思います。『となりのトトロ』では輪郭線を茶色にすることで暖かい感じを出していましたが、ポニョは輪郭線が黒であるけれども、背景が色鉛筆で一枚一枚丹念に塗ったような淡い色遣いがなされていました。また、ポニョの色彩で印象に残ったのが、光の表現です。冒頭のポニョが海面にクラゲに乗って浮かび上がっていくシーンで、海面から差し込む太陽の光が揺れ踊る様子や、嵐が明けた夜が一面の大粒の星の煌めきで埋め尽くされているシーンなど、感動的な光の使われ方がなされていたと思います。ちなみに、ポニョの光の表現に似ているのが、『耳をすませば』だと思います。ラピスラズリの鉱脈を探すシーンでは、鉱脈の色彩がまさにポニョ的なメルヘンチックな感じでした。

最後に、ネットでポニョの感想を検索してみるとよく言われている「ストーリーが意味不明」「伏線が回収されていない」といった批判について述べてみたいと思います。ハッキリ言って、それらの批判はまさにそのとおりだと思います。細かいところを観ていけば、崖の上の一軒家に結界を張ったのは誰なのかとか、いくらでも突っ込みを入れられると思います。でも、宮崎駿は、そんなストーリーの不完全さなどは重々承知の上で、確信犯的に作り上げているような気がします。宮崎駿が表現したかったのは、重厚で感動的なストーリーなどではなくて、あくまでアニメらしい動きの気持ちよさだと思うんですよね。パンフレットのなかでアンデルセンの『人魚姫』をモチーフにしたということが書かれていましたが、子供が観て「よくわからかったけれど、迫力があって、ポニョが可愛かった」と言ってくれればそれで良いといった姿勢なのではないでしょうか。そして、その狙いはまさに的中していると感じました。これほどスカッとする動きと愛らしいキャラクターのアニメを観たのは久しぶりです。

先週の『スカイ・クロラ』に続いて、今年の夏は良質のアニメを堪能できたと思います。宮崎、押井の両監督の次回作に期待したいと思います。宮崎駿は次回作の構想して、明治時代の文豪が主人公の探偵小説みたいな作品をやりたいとどこかのインタビューで言っていましたが、それが実現する日を心待ちにしています。

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