2008年6月24日 (火)

クリエイティブ・コモンズ宴に行ってきました

今日は@niftyの運営するお台場のイベントハウス「東京カルチャーカルチャー」で開催された「クリエイティブ・コモンズ宴 ~iSummitナイト~」に行ってきました。今回のイベントは、今年の夏に札幌で開催される「iSummit2008」の前夜祭になります。「iSummit」とは、年に一度、世界中のクリエイティブ・コモンズ関係者やオープンな情報流通を応援する人たちが一堂に会し、最先端のデジタルカルチャーについて多角的に検討する国際会議のことです。iSummitが日本で開催されるのは今年が初めてです。

「クリエイティブ・コモンズ宴 ~iSummitナイト~」 TOKYO CULTURE CULTURE:@nifty
http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_080604188301_1.htm

クリエイティブ・コモンズについて詳しいことをご存じない方は、本家サイトの解説Wikipediaの解説をご参照いただければと思いますが、要は、著作権法上の一部の権利を主張しない、あるいは一定の条件に従えば自由な利用を認めるといったことを通じて、コンテンツの流通を促進しようという運動です。ちなみに、このブログにもクリエイティブ・コモンズを適用してあります(表示-継承 2.1 日本)。このブログのうち、僕が創作し、僕自身が単独で権利を有するコンテンツは全て、誰でも自由にコピペしたり、一部を改変して新しいコンテンツを創作したり、印刷して売ったりすることができます。ただし、その際には必ず、(1)僕の名前をクレジットすること、(2)一部を改変して新しいコンテンツを創作した場合は、その新しいコンテンツをオリジナルである僕のコンテンツと同じ条件(つまり、自由に複製、改変、営利目的利用ができるということ)において公開することが必要になります。

さて、以下、簡単にイベントの模様をレポートしてみたいと思います。

開催時間は19時から22時くらいまで、僕は仕事の都合で20時くらいから参加しました。参加者は40-50名でしたが、僕と同様に遅刻する人も多く、ポツポツと増えていく感じでした。目算の男女比は8:2というところでした。イベントは、クリエイティブ・コモンズを採用したサービスの主催者が登壇して、各サービスにおけるクリエイティブ・コモンズの活用例を実演してみせるというワークショップ形式でした。

僕が参加してから最初のワークショップは、@niftyの「ビデオ共有」とのサービス概要紹介とムービー作成実演、それから「ビデオ共有」が共催している「音景2008」の紹介でした。「ビデオ共有」の利用者には初心者が多いので、なるべくシンプルなサービスになるようにしたとのことです。その結果として、類似の他サービスと比較すると、早くて軽いものになっているとのことでした。実際に300枚の写真と音景で素材用に公開されている音楽を組み合わせてスライドショーを作成する実演を見た感じでは、たしかにムービー作成など一度もしたことのないような素人でも簡単にムービーが作れそうな感じでしたね。

15分ほど参加者同士の交流を図る休憩を挟んだ後、次のワークショップは、web上に「本」のようなメディアを簡単に作れるUGM「BCCS」の紹介でした。通常のブログとの違いとしては、「編集」と「デザイン」を切り口にしているとのことです。たしかに非常に洗練された表現のできそうなサービスだと思いましたが、クリエイティブ・コモンズとのつながりはそこまで高くはないようにも思いました。

再度15分ほどの休憩を挟んだ後、最後のワークショップは、株式会社ロフトワークが開催する「ダウンロード特集」において、ダウンロードする人がその素材を利用するに当たって遵守すべき利用条件としてクリエイティブ・コモンズを利用しているという例の紹介でした。普段の仕事でサービスの利用規約とかを作ったりする機会も多い身としては、この試みは非常に面白いものであると思いました。クリエーターの権利を守りつつ、素材はなるべく自由に使ってもらえるわけで、まさにクリエイティブ・コモンズの理念に合致している素晴らしい活用法だと思います。

イベント概要は以上の通りになりますが、これからはクリエイティブ・コモンズに関する僕の意見を少し述べてみたいと思います。

最初に言明しておきますが、自分のブログにクリエイティブ・コモンズを適用していることからもおわかりいただけるように、僕はクリエイティブ・コモンズの理念には賛成しています。コピーのコストが著しく低下したデジタル時代における新しいコピーライトのあり方を提示する素晴らしい試みの一つであると思っています。しかし、クリエイティブ・コモンズには、GPLも同様ですが、「サイバーコミュニズム」とでもいうべきイデオロギー的な主張がどこか入り交じっているのではないかという懸念があります。その教条的なイデオロギーゆえに、理念としては素晴らしいとしても、現実世界には受け入れられないのではないかという疑問が払拭できないのです。

その疑問とは、端的に言えば、マイクロペイメント(少額でも良いのでファンがクリエイターに支払をすることを想定)が未発達の現状においては、プロのクリエイターが自分の発表するコンテンツにクリエイティブ・コモンズを全面的に採用した場合、結局のところ、生活の糧を得られないのではないかということです(別途契約を締結すれば適切に有償提供も可能だということはもちろん理解しています)。言い換えれば、クリエイティブ・コモンズが広く普及して、誰もがクリエイティブ・コモンズを適用するようになったとして、プロのクリエイターがそれでも食っていくことは可能なのでしょうか?もしそれができないのにクリエイティブ・コモンズが拡大していけば、将来的にはクリエイターはすべてアマチュアレベルに止まらざるを得ないのではないかと思ってしまうのです。それは著作権法第1条に定められた「文化の発展」という理念にも反しているようにも思います。

クリエイターとしては、最低限自分が食べていける収入を得られなければならないと思います。価値観の多様化した現代においては、そのために必要な「お金を出してくれる最低限のファンの集まり」としてのマイクロコミュニティを以前よりも形成しやすくなっているとは思います。しかしながら、クリエイティブ・コモンズがそのようなマイクロコミュニティ形成にどのように貢献できるかが、今の時点では不明確であると思います。

個人的には、クリエイティブ・コモンズの「非営利」条項が、そのようなマイクロコミュニティ形成の阻害要因になっているのではないかと考えています。現状のクリエイティブ・コモンズは、コンテンツの共有という理念に重きを置くあまり、それに反するプロプライエタリな使用を排除すべく「非営利」を適用することが多いと思いますが、それではクリエイターに経済的利益が入る契機を奪ってしまっているのではないかと思うのです。

だから、僕が今あったらいいなと思っているクリエイティブ・コモンズの条件は、「営利利用を認める代わりに、その営利利用から得られた収益から予め定められた料率をクリエイターに支払う」というものです。それを最初から提示しておいて、面倒な契約手続なしでもクリエイターに適切な収入が得られるようになれば良いと思うのです。もちろん実現するには課題が山ほどありますが、そのようなマイクロペイメントの構築に貢献していくことが、クリエイティブ・コモンズ、ひいてはデジタル時代の創作活動の発展に繋がるのではないかと考えています。

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2008年5月25日 (日)

放送禁止作品と著作権

今日は@niftyの運営するお台場のイベントハウス「東京カルチャーカルチャー」で開催された「超ブレイク塾presents 第2回コンテンツ権利勉強会 SamuraiRightS 放送禁止作品と著作権」に行ってきました。

放送禁止作品と著作権 TOKYO CULTURE CULTURE:@nifty
http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_080501187452_1.htm

エンタメロイヤー四宮隆史弁護士や音楽ジャーナリスト津田大介氏を招いた、著作権の将来を考える上で非常に勉強になるイベントでした。また、一般には視聴が難しい放送禁止作品を多く目にすることができ、貴重な経験になったと思います(書いても良いかどうか迷いますが、一部の放送禁止作品は、YouTubeで視聴することができます)。

Housou1

以下、簡単に勉強会の内容を箇条書き的に残しておきたいと思います。

Housou3

第一部 四宮隆史弁護士による基調講演「放送禁止作品から見る法律の考え方」

  • なぜ放送禁止になるのかというと、(1)内部的要因と(2)外部的要因がある。(1)内部的要因とは、当事者間の契約による制限や、内部関係者の自主規制のことである。(2)外部的な要因とは、右翼団体からの圧力(最近でいうと『靖国 YASUKUNI』とか)や、法律による差止のことである。法律による差止の根拠としては、著作権、名誉、プライバシー、肖像権などがある。
  • 法律による差止によって放送禁止となる場合は数としては少ない。法律による差止が一番効果が低いからである。効果が低い理由としては、(1)法律による差止を行うには非常に手続が面倒で時間がかかりすぎるので、被害の拡大を食い止められないからという現実的な理由、そして、(2)著作権法では差止請求権が認められているが、名誉、プライバシー、肖像権には差止請求権が法律上存在しないため、相当な違法性がないと裁判上で差止が認められないから(例として『石に泳ぐ魚』裁判)という理由が挙げられる。
  • 一般的に、裁判は和解で終わるケースが60~70%である。和解の場合、どういう結論になったかは公表されない。エンタメの世界はまだ判決まで至った裁判例が少ないので、弁護士でもこの事件はこうなると判断できないことが多い。
  • 放送法は、放送局に対し、公共の福祉に適合するような放送を行うことを義務づけている。放送局は、その規定に従い、独自のガイドラインによる自主規制を行っている。映倫等の他の自主規制団体も同様である。しかし、それらの自主規制には法的拘束力はない。従って、たとえば自主規制により上映しないと映倫により決定された映画を上映しても違法にならない。ただ、現実的には、全国の映画館は「映倫の自主規制に従う」ということになっているので、上映されることはないことになっているのである。

第二部 パネルディスカッション「スライドで見る放送禁止作品」(パネリスト:四宮隆史弁護士、津田大介氏、天野ミチヒロ氏、コソボックス小西(?)氏)

  1. ウルトラセブン 第12話 「遊星より愛をこめて」
    【理由】「ひばく星人」という怪獣の名前。内容は反核だったが、名前で判断されてしまった。

    (天野氏)『放送禁止映像大全』は自分が「浮浪者」だったからこそ捨て身で書けた。普通は書くと干されるので無理。なお、放送禁止作品の中には、CS等で「本作品では放送当時の表現をそのまま使っています」といった「お断り」を入れた上で放送されているものもある。地上波の方が自主規制は厳しい。
    (四宮氏)地上波の方が自主規制が厳しいのは、法律上、伝播可能性が高いとされているから。逆に、CSやネットは伝播可能性は低いとされている。しかし、今後は逆転していくのではないか。
  2. 怪奇大作戦 第24話 「狂鬼大作戦」
    【理由】刑法39条を悪用して、精神異常を起こす機械を使った殺人事件というテーマだが、封印された正確な理由は不明(脅迫があった?)
  3. レインボーマン 第9話 「タケシを狂わせろ」
    【理由】主人公が薬によって狂わされるという話だが、関係団体から抗議があったため。精神異常者であることを表す目のクマという特有のメーキャップも抗議の対象となった。

    (津田氏)類似の表現は現在でも映画でなされている。映画と地上波では基準が違うのか?
    (四宮氏)テレビの自主規制の方が基準が厳しい。映画を作成する場合、二次利用としてテレビ放送することを考えてテレビ並みの規制を入れることもあるが、あえて二次利用を諦めて作成されるケースもある。
  4. 獣人 雪男
    【理由】「畸形の多い閉鎖的な山の民」という設定が部落問題を想起させるから。
  5. 帰ってきたウルトラマン 第33話 「怪獣使いと少年」 ※非放送禁止作品
    【理由】残酷ないじめや在日問題を描いているから。
  6. 超人バロム・1 ※非放送禁止作品
    【理由】悪役と同じ名前の人からクレームがあったが、和解できている。なお、「この作品はフィクションであり~」というテロップが入るようになったのはこの作品が最初である。
  7. ギフト
    【理由】ドラマで使われた小道具である「バタフライナイフ」を使った殺人事件が起きたから。
  8. 巨人の星 第10話 「日本一の日雇人夫」
    【理由】タイトルの「日雇人夫」が差別用語のため。現在発売されているDVDでは「日本一の父 一徹」に変えられている。
  9. ジョジョの奇妙な冒険 Adventure6 「報復の霧」
    【理由】ホルホースがDIOを裏切ろうとするシーンでDIOが読んでいる本の文字がコーランと同じなので、イスラム教の侮辱にあたるから?

    (津田氏)今回の騒動は特定の個人が大量にマルチポストしていたに過ぎないものを共同通信が過剰に反応したという面もある。実際、イスラム圏ではそれほど問題視していないという声も聞く。今回の件を見るに、ネットによる検証プロセスが発達しつつあるので、これまでは不明確だった自主規制によるプロセスが明確になるのではないかという気もする。そもそも、日本には宗教によるタブーがないので、表現規制はかなり緩やかである。
  10. キャンディキャンディ
    【理由】著作権をめぐる裁判のため。詳細はWikipediaを参照

    (津田氏)原著作者とのトラブルはかなり多いが、クリエイターが自分の作品を我が子のように愛しているからという一面がある。そのことと著作権法の目的である「文化の発展」が対立しているのかもしれない。また、日本の著作権法上、著作者人格権が強すぎるのも問題であるが、著作権法学会等のパブリックな場では、著作者人格権を見直す動きが出ているようである。
    (四宮氏)著作者が著作者人格権を行使した例として「ひこにゃん」があるが、彦根市は契約により著作者人格権の不行使を義務づけていたはず。ただし、そのような不行使特約の有効性については疑問があるので、彦根市ではあえてその点を裁判による明確な判断をせずに回避したのかもしれない。
    (津田氏)ビジネスとして考えると、売れるかどうかもわからないうちからクリエイターに大金を支払う契約を締結することは難しいだろう。しかし、一定の売り上げを上げた作品であれば、事後的にクリエイターにその一部を還元する仕組みがあると良いのではないか。そもそも、クリエイターは、権利云々をやる暇があったら創作に専念したいのかもしれない。

以上

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2008年4月19日 (土)

自殺方法を解説するブログの削除可否について

最近、硫化水素による自殺が相次いでいますが、インターネット上、特にブログにおいて、硫化水素による自殺の方法を具体的に解説する情報が数多く掲載されていることも、その無視できない要因の一つであると考えます。それでは、ブログサービスの提供者は、そのような自殺方法を具体的に解説するブログを削除することができるでしょうか。簡単に考察してみたいと思います。

前提として、ブログサービス提供者は一般的に、自己の提供するブログサービスの利用規約において、当該ブログサービスを利用して違法情報または公序良俗に反する情報を発信することを禁止していると考えます。従って、論点としては、ブログにおいて自殺情報を具体的に解説することが、違法情報または公序良俗に反する情報を発信することに該当するか否かということになると考えます。

第一に、違法情報の発信とみなせるかについて検討します。この点、自殺は違法行為ではありません。従って、ブログにおいて自殺方法を具体的に紹介することも違法情報の発信とはみなせないと考えます。警察機関がブログにおいて違法情報が発信されていることを発見した場合には、下記のガイドラインに定められている書式を用いて送信防止措置依頼を行うことになっていますが、当該ガイドラインにも、自殺方法の紹介そのものは違法であるとは規定されていません。

インターネット上の違法な情報への対応に関するガイドライン (2006.11)
http://www.telesa.or.jp/consortium/Illegal_info/pdf/20061127guideline.pdf

第二に、ブログにおいて自殺方法を具体的に紹介することが公序良俗に反する情報の発信とみなせるかについて検討します。先日、京都府警は、「自殺を誘引する有害情報の恐れががある」として、自殺方法に関する記述を削除するようプロバイダーに依頼するメールを送ったそうです。

「硫化水素作成法」削除を - 速報 ニュース:@nifty
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2008041701000924/1.htm

しかしながら、プロバイダや掲示板管理者に対する有害情報の対応依頼は、警察機関ではなく、インターネット・ホットラインセンターを通じて行われるという運用になっていたはずであり、今回の京都府警の依頼はかなり異例のことであると思います。そして、インターネット・ホットラインセンターの公表している下記のホットライン運用ガイドラインには、以下の2つの基準が全て満たされる場合には、人を自殺に勧誘・誘引していると認められ、公序良俗に反する情報と判断されると規定されています。

  • 自殺の場所、動機、方法等を示す表現が記載されていること
  • 「一緒に死にませんか、本気で自殺したい人を募集しています」等の人を自殺に誘引する表現が記載されていること

ホットライン運用ガイドライン(2008.3)
http://www.iajapan.org/hotline/center/20080331guide.pdf

自殺方法を具体的に紹介するブログは、上記基準の第一点は満たすと考えますが、単に方法を紹介するだけであれば第二点は満たさないと考えます。従って、現在のホットライン運用ガイドラインに従えば、ブログにおいて自殺方法を具体的に紹介することは公序良俗に反する情報の発信とはみなせないと考えます。もちろん、ブログサービス提供者は、独自の判断により公序良俗違反と認定することも可能ですが、その場合は、自殺方法を紹介するブログの解説者より、表現の自由の侵害等を理由とした訴訟等の法的クレームを受けるリスクを負うことになると考えます。特に、「危険だから絶対にやらないでください」とか予防線としての言葉が入っていたりすると、ブログサービス提供者が自主的に削除することには勇気がいると言わざるを得ないように思います。

以上より、ブログサービスの提供者が、自殺方法を具体的に解説するブログを違法情報のまたは公序良俗に違反する情報の発信であるとして削除することは、法的には難しいと考えます。ただ、これは全くの私見ですが、ブログサービス提供者は、その社会的責任として、自殺方法を具体的に解説するブログの解説者に対し、解説者が自主的にそのような情報を削除することを促すような対応を行うべきではないかと考えています。最近のインターネットからの青少年保護がある種異様なほどに求められている社会的風潮を鑑みれば、表現の場の提供者たるブログサービス提供者は、たとえ法的責任はないとしても、一定程度の道義的な責任は負わざるを得ないように思うのです。

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2008年3月 9日 (日)

mixiの規約改訂騒動について

随分と久しぶりの更新になってしまいました。書く時間がないわけではなかったのですが、それなりにまとまった内容を書こうとすると、法律の基本書をきちんと調べたりする必要があり、そこまでする気力が湧いてこなかったという感じです。それに、最近、お風呂に入りながら読書する癖がついて、ぬるま湯に半身浴でのんびり20-30分つかりながらブックオフで100円で買ってきた文庫本など読むようになってしまったのですが、それもあって更新が滞ってしまいました。しかし、自分の考えをアウトプットすることは非常に勉強になりますので、ワークライフバランスの改善のためにも、定期的に更新は続けていきたいものです。

さて、既にmixiが公式に見直しをすると宣言して日和ってしまったので、かなりアウトオブデートな感じもありますが、mixiの著作権関連の規約改定騒動について、簡単に感想を述べてみたいと思います。

ITmediaの記事のよれば、今回の規約改訂の目的は、以下の3つの著作権法上の論点をクリアするためであるとのことです。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/04/news086.html

  1. 投稿された日記データなどをサーバに格納する際、データ形式や容量が改変される(ユーザーの著作者人格権《同一性保持権》を侵害する)可能性がある
  2. アクセス数が多い日記などは、データを複製して複数のサーバに格納する(ユーザーの複製権を侵害する)可能性がある
  3. 日記などが他ユーザーに閲覧される場合、データが他ユーザーに送信される(ユーザーの公衆送信権を侵害する)可能性がある

以下、それぞれのmixiの主張について、検討してみます。思いついたことを適当に述べているだけですので、誤り等ありましたらご指摘ください。

第一に、1の同一性保持権の侵害可能性については、そもそもデータ格納時にデータ形式や容量が改変されることについては黙示の同意があると推定できるのではないでしょうか。とすれば、ユーザーが同一性保持権侵害を主張することは、権利の濫用となるような気がします。

それに、著作物の表現形態そのものには直接関係しない、記録媒体なり記録形式の変更が、同一性保持権の侵害に該当するのか、疑問です。たとえ日記のテキストデータを圧縮したとしても、その日記の表示のされ方に変わりがないのであれば、著作物の同一性は維持されていると思います。したがって、そもそもが同一性保持権侵害に該当しない可能性もあると考えます。

ところで、1の同一性保持権の侵害の可否という論点については、「やむを得ない改変」に該当するので侵害には当たらないという意見があります。趣旨としては全く賛同できるのですが、これまでの判例を見ると、「やむを得ない改変」とされるのは非常に限定的な場合のみでしたので、この論拠だけに依拠するのは少しリスキーであるように思っています。

第二に、2の複製権侵害の可能性について検討します。そもそも、mixiにおいては、SNSというサービスの性質から、自分のアップロードした日記が他のユーザーに閲覧されることは当然想定されると考えます。とすれば、ユーザーは、自分の日記が閲覧者のPCなり携帯電話なりに複製されることも当然に黙示的に同意していると考えます。よって、上記1と同様、複製権侵害の主張は、権利の濫用となるように思います。

第三に、3の公衆送信権侵害については、そもそも論点が違うような気がします。mixiは、インターネット上で自分の日記等を友人に公開するサービスである以上、自分の日記が公衆に送信されることについては、当然に黙示の許諾があると考えるべきであるように思います。むしろ、公衆送信権ではなく、公表権侵害ならまだ納得できます。すなわち、mixiは、ユーザーが自分の日記の公開範囲を「友人まで」とか「全体に公開」とか設定できる以上、「友人まで」公開していた日記を勝手に全体に公開してしまえば、ユーザーの公表権を侵害しているようにも考えられると思います。とはいえ、ココログの利用規約のように、「サービスの宣伝のためにのみ日記の内容をニフティが使用できる」みたいな限定的な許諾をもらっておきさえすれば、そもそも公表権なり公衆送信権の侵害は論点にならない気がします。

ココログ利用規約
7.ユーザーが作成したココログの記事等に係わる著作権は、原則としてユーザーに帰属します。ただし、ユーザーは、ニフティが、以下の範囲内で、ユーザーが作成したココログの記事等の利用を行うことを無償で許諾します。
(1)ココログの広告・宣伝、利用促進の目的の範囲内で、ココログ上のテキスト、画像等の情報(メタデータ(RDF Site Summary形式等)で配信された情報を含み、以下「情報」といいます。)を、ニフティが管理・運営するWebサイトに掲載すること。

http://support.cocolog-nifty.com/howto/2006/03/post_ee0a.html

上記をまとめますと、今回のmixiの利用規約の改定は、著作権法的にちょっと理解に苦しむと点があると言わざるを得ない気がします。しかも、過去の日記にも遡って適用するとか、どれだけ強引なんだと思っちゃいます……。すぐに改定撤回ともとれる日和見を発表しちゃってますし、改定の必要性がどの程度あったのか疑問です。Livedoorブログでも似たようなユーザーの著作権についての騒動があったのに、そういう先行事例を知っていて、ユーザーの反発が容易に想定できるのにそれでも改定しようとした理由がどこにあるのでしょうか?著作権ゴロ対策だという噂がありますが、それには法律に則って粛々と対処するという毅然とした態度を示すべきであるように思います。

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2008年1月22日 (火)

日弁連コンピュータ委員会シンポジウム2008

今日は、日弁連コンピュータ委員会主催のシンポジウム「P2Pネットワークと法的問題 ~Winnyをめぐって~」に参加をしてきました。

町村泰貴教授や壇俊光弁護士、Winny作者の金子勇氏や、高木浩光先生など、錚々たるメンバーを講師としてお招きした、なかなか刺激的なシンポジウムでした。ただ、講演のうち半数以上が、法律家ではない、技術畑の方によるものでしたので、シンポジウムのテーマとは裏腹に、法的な問題についての掘り下げは、そこまで深くはなされなかったように思います。

日弁連コンピュータ委員会シンポジウム2008 P2Pネットワークと法的問題 ~Winnyをめぐって~
http://www.nichibenren.or.jp/ja/event/080122.html

以下、簡単にシンポジウムで印象に残ったことを箇条書きでメモに残しておきたいと思います。なお、少し遅刻してしまいましたので、町村教授の講演は後半しか聴けていません。Rivastの朱夏日乗のアクセス解析で検索キーワード断トツ1位の「MYUTA事件」の解説とかがあったと思うのですが、聴けなかったのが残念でなりません。

1.2007年ネットワーク法判例回顧(町村泰貴教授)

  • ショッピングサイトにおける価格の誤表示にサイト運営者が削除無効を主張し得るか?この点、注文者が誤表示につき悪意である場合、心裡留保と同視し得る余地がある(東京地判H19.8.3)。
  • TBC事件控訴審判決(東京高判H19.8.28)では、一人あたり3万5千円の損害賠償額を認定したが、これは一件あたりの金額は高いかもしれないが、全体としての事業者に対するサンクションとしては弱いのではないか。
  • プロバイダ責任制限法に関する判例は裁判所HPにほとんど掲載されていないが、裁判所の情報公開に対する姿勢は謙抑的すぎるのではないか。

(2.Winny実演(岡田崇弁護士)と、3.Winny解説(金子勇氏)については、Wikipediaに書いてある程度の入門的な内容であったので、省略します。)

4.P2Pの分類 ~技術的要因と人的要因(高木浩光氏)

  • P2Pならではの特性は、人と人とを直線に結ぶことである。その帰結として、管理不可能性、ひいては著作権侵害の軽視が生じる。
  • Winnyの特徴は、上記のP2Pの特性に加え、暗号化キャッシュの存在により、人が嫌がることを始めた人を誰も止められないことである。
  • P2Pの管理不可能性がもてはやされることの裏面には、人々の管理されない自由の希求が存在するか。
  • 日本国内と英語圏を対比すると、後者では、(1)LimeWireなどのGnutellaクローンが主流であること、(2)情報漏洩はゼロではないが深刻ではなく、特にウィルスによる漏洩はほとんどないことが特徴である。国民性の違いが原因か。

5.P2Pの将来性(篠田陽一教授)

  • P2Pの技術的特徴の一つは、低い参入障壁にあり、それがゆえにP2Pは大衆による大衆のネットワークを形成しやすい。スケーラビリティの観点からすれば、DRMなどの特定少数の権利者だけを保護する技術は、P2Pに敵わないのではないか。
  • 中国は、その一党独裁的な政権にも係わらず、自立分散的な構造をもつP2Pの利用に非常に積極的である。日本は、P2Pの技術的分野において、中国や東南アジアに大きく遅れてしまっている。
  • P2Pアプリケーションを、匿名性の高低、流通量の大小で分類した場合、匿名性が高く流通量が大きい分野の一部において、抑止技術が必要な領域があると考える。ただし、あくまで技術による規制であって、法律による規制ではない。法規制は技術促進を阻害すると考える。

(6.P2Pの法的問題(壇俊光弁護士)は、かなりのハイペースで進行し、ほとんど読み飛ばした感じでしたので、省略します。)

7.パネルディスカッション

  • 最近、ACCSの調査で「Winnyの利用者数が3倍になった」という報道があったが、髙木氏の独自ツールによる計測によれば、減少傾向にあり、信じがたい。実態としては、ユーザーはWinnyからYoutubeやニコニコ動画に流出しているのではないか。情報管理の観点からは、クライアント・サーバー型の中央集権的なシステムの方が管理しやすいので、良い傾向ではないか。
  • P2P技術は中立的であり、それ自体は悪ではない。むしろ、ユビキタス社会を見据えた際に決定的に有益な技術であると言える。
  • P2Pのセキュリティという観点では、「使わない」のがベストである。使うにしても、ユーザーのセキュリティ意識を高めるべきである。現実世界で新聞のチラシと預金通帳を一緒こたにして管理している人は少ないと思うが、PCでは大事なデータにセキュリティをかけているユーザーの方が少数派ではないか。
  • 日本において暗号化キャッシュ機能を持つWinnyが流行したのは、送信可能化の存在が一因ではないか。著作権法の強化などの法規制の強化は、著作権の保護にとって逆効果になる危険がある。
  • Winnyでは、キャッシュの中身が不明確である。キャッシュの中身がわかっていれば、Winnyを使わないユーザーもいるのではないか。たとえば、女性は児童ポルノだとわかっているキャッシュを残しておかないということも考えられる。P2Pに対する法規制は慎重かつ必要最小限度に行うべきだが、ユーザーがそのソフトの動作を認識できないようなソフトを禁止することが有益ではないか。
  • ファイル共有における著作権侵害の原因は、誰もが自由にアップロードできることにある。したがって、解決策としては、アップロードできるユーザーを限定すること、または、自由なアップロードにより侵害される著作権を上回るメリットを生み出すサービスを開発することである。

以上

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2008年1月 6日 (日)

話題の有害サイト削除に関する民主党法案について

先週の1月4日(金)に、日経だけにごく簡単な記事が出ただけにも関わらず、既にネットの各所で懐疑的な意見が続出している、例の有害サイト削除に関する民主党法案(以下「民主党法案」)についての意見です。当初は、今のところ日経しか報道しておらず(民主党の公式ホームページでは記載を見つけられませんでした)、しかも記事の内容が簡潔すぎて判断のしようがないので、もっと詳しい情報が出るまで静観しようと思っていましたが、やはり酷い内容だと思いますので、簡単に批判しておきたいと思います。

NIKKEI NET(日経ネット):有害サイト削除、民主が独自法案・プロバイダーに義務化
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080104AT3S2400H03012008.html

スラッシュドット ジャパン | 違法かどうか明確でなくてもサイト開設者に閲覧制限措置を義務付け(罰則付)?
http://slashdot.jp/article.pl?sid=08/01/04/0213252

まず、上記日経記事によれば、民主党法案の骨子は以下のとおりです。

  • 【目的】
    18歳未満の若年者が犯罪に巻き込まれるのを防ぐ。
  • 【内容】
    (1)サイト開設者やプロバイダーは違法情報を発見し次第、削除しなくてはならない。
    (2)サイト開設者やプロバイダーは違法かどうか明確でなくとも、有害な恐れがある場合は児童が閲覧できなくなるような措置を講じなければならない。
    (3)違反した場合には罰則が科される。

第一に、日経の記事から読み取れる民主党法案の目的について検討してみます。目的はいわゆる十八歳未満の「児童」の犯罪からの保護となっており、「青少年保護育成条例」に見られるような青少年の健全な育成というパターナリスティックな目的とは若干異なるようにも考えられます。印象論ですが、保護育成条例のほうがより広範な規制であるのに対し、民主党法案は限定的であるようにも見えます。

ただし、目的を「犯罪からの保護」とするのであれば、犯罪=違法情報に対するアクセスコントロールを行うということは理解できるにしても、有害情報=公序良俗に反するかもしれないが、罪刑法定主義の下では「犯罪」ではない情報に対してまで規制を及ぼすというのは、目的の射程を逸脱しているように考えます。モバゲータウンで児童が被害者になる殺人事件が起きたこと等もあり、社会全体が過敏になっている風潮は肌で感じていますが、それにしても目的が広範すぎて、法案の理論構成にも無理があるように思います。もっとも、憲法の論点でいうところの明確性の理論によれば、そもそも民主党法案は過度の広範性ゆえに無効であると考えます。

第二に、民主党法案の各内容について検討してみます。

まず、上記【内容】(1)についてですが、サイト開設者やプロバイダー等(以下「プロバイダー等」)に違法情報の積極的な探知義務を課すという趣旨であると考えられます。この点、「小学館対2ちゃんねる事件」(東京高判平成17年3月3日)は、「掲示板運営者は、少なくとも、著作権者等から著作権侵害の事実の指摘を受けた場合には、可能ならば発言者に対してその点に関する照会をし、更には、著作権侵害であることが極めて明白なときには当該発言を直ちに削除するなど、速やかにこれに対処すべき」旨を述べており、その反対解釈として、プロバイダー等に対して積極的な探知義務までは課していません。プロバイダー責任制限法も、特定電気通信役務提供者に対し、権利侵害情報の一般的な監視義務は課していません。民主党法案は、このような現状の法律や判例を一歩進めようとするものだと考えられますが、プロバイダー責任制限法の制定の経緯やネット上の著作権侵害の判例における「表現の自由の保護」という価値判断に対する配慮に欠けるものであるように思います。

また、違法情報については、現在、ホットラインセンターを通じたプロバイダー等の自主的な削除という対策が動き出したばかりであり、しかも、この対策が一定の効果を挙げているようですから、さらに踏み込んだ制限をかけるのは時期尚早であると考えます。

インターネット・ホットラインセンター[HOME]
http://www.internethotline.jp/

インターネット・ホットラインセンター - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC

次に、上記【内容】(2)についてですが、有害情報対策としては、情報の発信元であるプロバイダー等に年齢制限をかけてもらうよりは、情報の受け手である児童の端末上でフィルタリングをかけたほうが有効であると考えます。先日、総務省が児童が持つ携帯電話にフィルタリングを導入するようにという指導をしていましたが、これがきちんと実効されればそれで充分だと思います。

総務省(報道資料):携帯電話におけるフィルタリング(有害サイトアクセス制限)の普及促進について
http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/070216_5.html

また、警察庁が平成14年1月22日に公表している「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律等の解釈運用基準」は、ネット上のアダルト画像等の配信における十八歳未満でないことの確認方法として、運転免許証の提示やクレジットカード決済を求め、単なる自主的な年齢申告では足りないとしています(43ページ)。民主党法案の想定する年齢制限の方法がどのようなものかは不明ですが、風営法と同様の厳格な基準を求めるのであれば、事業者であればともかく、私人たる一般ユーザーには敷居が高すぎると考えます。逆に、「あなたは十八歳以上ですか?YES or NO」みたいな緩いもので良いとすると、児童による閲覧を防止する実効力は皆無ということになると考えます。

最後に、上記【内容】(3)についてですが、どのような罰則かが全く不明な現状では何とも言い難いですが、著作権法の改正論議で、ダウンロード違法化が罰則を伴わないとされているのに比して、罰則ありとするのはかなり重い内容であるように思います。

以上、言いたい放題書いてきましたが、もっと詳しい情報がないと判断のしようがありません。民主党が本気でこの法案の提出を考えているのであれば、国会提出前に広くネット上で公表してもらいたいものです。とはいえ、個人的には、法案の目的には部分的に賛同できる点はあるものの、その達成手段が現状では表現の自由等の基本的人権に対する過度に広範な制約であると考えますので、このような法案には反対です。

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2008年1月 4日 (金)

「ワンクリック詐欺」サイトはたしかに詐欺か

いわゆる「ワンクリック詐欺」と呼ばれる悪質なサイトがあります。よくあるタイプとしては、「有名芸能人の無修正エロ動画」が見られると謳うサイトです。このようなサイトで再生ボタンらしきものをクリックすると、一瞬でよくわからないけれども何やら端末の情報が勝手に取得されている風な画面が表示されたかと思うと、「入会が完了しました」とかいうデカデカとした文字が表示され、「今なら入会キャンペーン中につき、料金は本来は9万円のところ、4万6千円です!」みたいな料金請求ページが表示されるというものです。さらに、大抵は、「期間内に支払わないと、自宅に支払督促状を送ります」みたいな脅し文句が書かれていたりします。

なお、この点はいくら強調しても強調しすぎるということはありませんが、これらの「ワンクリック詐欺」サイトを閲覧しただけでは、個人の名前や住所が特定されることはありません。したがって、お金を払わないと自宅に請求が来るなどということはあり得ません。間違っても、お金を振り込んだり、連絡先として表示してあるメールアドレスや電話番号にコンタクトをとったりしてはいけません。

ワンクリック料金請求にご用心 :警視庁
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/haiteku/haiteku/haiteku35.htm

ワンクリック契約 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E5%A5%91%E7%B4%84

これらのサイトが「ワンクリック詐欺」と呼ばれる所以はこうです。すなわち、再生ボタンらしきものをクリックした際に、一応は「利用規約」のようなものが表示され、そこに料金がかかる旨は記載されているのですが、その「利用規約」が背景色と同色で反転させないと読めなかったり、非常に小さな文字で書かれているので読み取りにくかったりします。それゆえ、よくわからないまま「YES」ボタンを押してしまうわけです。その結果、アダルトサービスに入会してしまった=契約が成立してしまったので料金を支払わなければならないと勘違いしてしまい、実際に支払ってしまう人が出てきます。それらの一連の流れが、詐欺罪の構成要件である「欺もう行為→錯誤→処分行為」に該当すると考えられるというわけです。

しかしながら、犯罪とは常に時代の最先端を行くものなのでしょうか、2007年6月くらいまでは、「ワンクリック詐欺」サイトといえば上記のようなあからさまなタイプがほとんどだったのですが、最近はどんどんと悪質な方向に進歩しており、2007年12月には、そのような典型例はほとんど見られなくなってしまいました。現在の主流は、再生ボタンをクリックした際に表示される「利用規約」がハッキリと見やすいものになり、料金が発生する旨も明記されてあり、しかも一度「YES」ボタンを押しただけでは次のページに移らず、再度「本当によろしいですか?」と聞かれ、「YES」ボタンを押さないといけないというタイプです。もちろん、「NO」を押せば、それ以上は何も起こらないようになっています。これら「ダブルクリック」系などはまだ甘い方で、トリプルクリックやクオドラブルクリックなどという豪のものも存在します。

さて、このように手法が巧妙化してくると、これらの複数回クリック系サイトが詐欺罪を構成するかどうかは微妙になってくると考えます。というのも、料金請求ページの前段階で料金がかかる旨の表記が明確になされ、しかも複数回の確認ステップが存在する以上、それが欺もう行為に該当すると断言するのはなかなか難しいとも考えられるからです。一般人であれば、たとえ高校生でも、騙されてしまうということはないのでしょうか。むしろ、心裡留保ということになるのでしょうが、あえて複数回「YES」を押した者の場合は、契約の成立を認めざるを得ないのではないかという見解もあるようです。

では、これらの複数回クリック系サイトが詐欺罪を構成せず、しかも契約の成立を認めざるを得ないとすると、刑事上は何らの犯罪も構成しないということになるのでしょうか?私見では、このような場合、詐欺罪ではなく、恐喝罪の成立を認めるべきではないかと考えます。恐喝罪の構成要件は「脅迫→畏怖→処分行為」ですので、複数回クリック系サイトが全体として脅迫行為に該当するかどうかを検討します。

大半の複数回クリック系サイトでは、料金を支払わない場合、自宅に督促状を送ったり、簡易裁判所に提訴するという脅し文句が書かれています。そして、その督促状の見本が表示されているのですが、その見本は、卑猥なエロ画像が印刷されていて、こんなものが自宅に送りつけられたら、一気に信用を失うこと請け合いという代物だったりします。これは個人の財産または名誉に対する害悪の告知に該当すると考えられ、すなわち、脅迫に当たると考えます。

そして、判例・通説は、正当な権利行使であったとしても、権利行使の方法が社会通念上是認できる範囲を超える場合は脅迫に該当すると考えます。したがって、たとえ複数回クリック系サイトにおいて正当に契約が成立していたとしても、料金を支払わない場合に自宅にエロ画像入りの督促状を送るなどという記載は、社会通念上是認できる範囲を超えると考えられますので、複数回クリック系サイトはやはり脅迫に当たると考えます。

以上のように、複数回クリック系サイトはもはや「詐欺」サイトではなく、「恐喝」サイトであると考えるべきだと思います。実際に立件するのは難しいのかもしれませんが、複数回クリック系サイトの存在自体を恐喝未遂と捉えるべきではないでしょうか。

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2008年1月 3日 (木)

携帯電話用PCサイト変換サービスの著作権法上の論点

携帯電話がPCに代わってインターネット利用端末の主役になってからそれなりの時間が経過したと思いますが、携帯電話向けサイトが存在せず、PC向けサイトしか存在しないサイトがまだまだ沢山あります。その理由としては、PCと携帯電話の性能差や携帯電話では使用できないHTMLタグの存在や各携帯電話キャリアごとにサイト作成方法が異なること等があげられるのでしょうか。

とはいえ、そのようなPC向けサイトを携帯電話でも閲覧したいというニーズは確実に存在するわけです。そのために、いわゆる「フルブラウザ」という、携帯電話でPCサイトを閲覧できるブラウザが存在します。さて、フルブラウザには、(1)携帯電話にプリインストールされているアプリケーションのタイプ、(2)Javaアプリケーションを利用したもので携帯電話にインストールするタイプ(「jigブラウザ」が代表例)、(3)変換サイトや変換スクリプトのタイプ(「Google proxy」や「ファイルシーク」や「pc2m」が代表例)等のタイプがあります。

フルブラウザ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B6

これらのタイプのうち、(3)のタイプは、ユーザと閲覧対象のPCサイトの間に、変換サイトのサーバ等が介在するため、以下のような著作権法上の問題が生じる可能性があると考えます。

  • 【論点1】外部サイト等を利用した非インストールタイプの携帯電話向けPCサイト変換サービス(以下「変換サービス」)が、ユーザーから指定されたPCサイトのデータを取得する行為は、著作権者の複製権を侵害するか?
  • 【論点2】変換サービスが、取得したPCサイトのデータを携帯での閲覧に最適化するために、一定の変換ロジックに従ってPCサイトを変換する行為は、著作者の同一性保持権を侵害するか?

今回のエントリーでは、それらの論点に関する簡単な考察をしてみたいと思います。まだきちんと考え抜いたものではありませんので、ご批判、ご意見をお待ちしています。

続きを読む "携帯電話用PCサイト変換サービスの著作権法上の論点"

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2007年10月28日 (日)

OpenIDとプロバイダ責任制限法の関係に関する一考察

8月19日(日)の「OpenIDの考察」の続きとして、OpenIDが引き起こしうる諸問題のうち、OpenIDとプロバイダ責任制限法の関係について、簡単に考察してみたいと思います。といっても、自分ひとりで考えたわけではなく、同僚の方とのメールのやり取りをまとめたものです。やはり共通の問題意識を持った人との意見交換は勉強になります。

Rivastの朱夏日乗: OpenIDの考察
http://rivast.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/openid_cebe.html

たとえば、OpenIDを利用してOpenID受入側(以下「受入側」)のサービスを使ったユーザーが名誉毀損、著作権侵害等の違法行為を行った場合、受入側としては、当該違法行為に対し、プロバイダ責任制限法上、どのような対応をしなければならないのでしょうか?言い換えれば、受入側が免責されるためには、何をしなければならないのでしょうか?

一口にプロバイダ責任制限法の対応といっても、発信者情報開示と送信防止措置とで対応は異なってくると考えます。

まず、発信者情報開示の場面を考えて見ます。

あるISPの会員が他社の匿名掲示板で誰かの誹謗中傷をしたという場合、被害者は、最初にその掲示板の運営者に発信者情報を照会し、IPアドレスとタイムスタンプの開示を受け、それらの情報を元に、再度、ISPに対して発信者情報開示請求書を送ってくると思います。その場合、請求書の「貴社が管理する特定電気通信設備」欄には、「ISPによるインターネット接続サービスのための認証装置」とかいう感じで記載がされていることが多いように思います。

この点、受入側とOpenID発行元(以下「発行元」)との関係は、上記のような匿名掲示板運営者とISPの関係に近いと考えられるようにも思います。つまり、受入側の対応方針としては、違法行為を行ったOpenIDを特定して、その後の対応は当該OpenIDの発行元に投げるという運用になるのではないかと思います。

一方で、送信防止措置の場面を考えてみると、接続の足回りは他社ISPを利用している者が、受入側の運営しているあるCGMサービスで誹謗中傷の記事を書いているので、当該記事を削除してほしいというような場合は、当該CDMサービス運営者である受入側が削除の判断をすることになります。とはいえ、OpenIDの場合は、連絡先が不明のため、OpenID受け入れ側単独では意見照会が不可能であると思います。

この場合は、受入側としては、意見照会なしに、当該CGMサービスの利用規約に当該記事を照らして、問題があれば削除することになると考えます。結果として、通常会員とOpenID利用者との間で、受入側の対応スタンスが異なってくるのではないかと思っています。このあたりについては、上記「OpenIDの考察」に詳しく書いてありますので、ご参照ください。

とはいえ、以上のような切り分けを素直に当てはめることができるかというと微妙な感じもしています。というのも、(1)発行元が発信者の連絡先を把握していない、(2)受入側がCGMサービス使用時のアクセスログを持っている場合は、発行元とは関係なく、対応フローが考えられることから、どのような対応をしていけば良いのかは不確定な要素が非常に大きいと思っています。

まず、(1)発行元が発信者の連絡先を把握していないということですが、試しに某フリーIDを取得してみたのですが、名前、生年月日、郵便番号、メールアドレスの入力が必須でした。しかし、メールアドレス以外は出鱈目でも問題なく、メールアドレスもフリーメールでおそらく大丈夫だと思います。つまり、発信者の特定に必要な情報は保有していないと思います。したがって、その発行元に発信者情報開示をしても、不発に終わる可能性が大きいわけです。

次に(2)受入側がCGMサービス使用時のアクセスログを持っている場合についてですが、受入側はアクセスしてきたOpenIDのログとは別に、当該OpenIDがCGMサービスを利用した時の接続元IPアドレスを記録しているケースが多いと思います。その場合、受入側としては、直に足回り提供者に対応を投げることもできますし、一方で、発行元に投げた上で、発行元が再度、足回り提供者に投げるということも可能だと思います。もちろん、記録していない場合は、発行元に投げるより方法がないわけですが……。

とすると、接続元IPアドレスを記録している場合に、足回り提供者へのつなぎは、受入側と発行元のどちらが対応するかの切り分けはまだしていないのですが、受入側としては、発行元にやってもらえるのであれば、負荷の軽減につながりますし、それに越したことはないと考えています。

とはいえ、受入側が直でやったほうが当然簡便ですから、そのほうが被害者の保護にはつながると思いますし、侵害情報が掲載されるCGMサービスの運営主体も受入側ですので、受入側が一次的に対応すべきマターであるようにも思います。ちょうど、2ちゃんねる運営者の立場に、受入側が立つというような感じですね。

以上、取り止めがなくなってきましたので、今回の考察はこれくらいとしたいと思います。OpenIDの法律問題についてはまだまだ未解決の部分が大きいですので、継続的に考えていきたいと思っています。

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2007年8月20日 (月)

NBL「判例を読む No.424」の感想

ビジネス系の法律雑誌『NBL』2007年8月15日号(No.863)に掲載されていた、野口恵三弁護士による「判例を読む No.424」を一読しました。「パチンコ業者らが結束して、競業者の新規開店を妨害するため、その開店予定地に近接する土地等を社会福祉法人に寄付して児童遊園を開設し、競業者がその営業許可を受けられないようにした行為が不法行為を構成するとされた事例」を題材にして、判例に対する法的思考方法を解説する連載です。解説自体もとても勉強になりましたが、この判例自体がとても興味深いものでしたので、簡単にご紹介したいと思います。

NBL 2007年8月15日号(No.863)
http://www.shojihomu.co.jp/nbl/nbl070815.html

本件の事実の概要は以下のとおりです。

Xは、北海道で最大規模のパチンコ会社です。そのXが、自分たちの地域に新規に大型店舗を出店する計画であることを聞きつけたYら地元のパチンコ業者たちは、Xの出店計画を阻止するため、出店予定地の隣接地を、社会福祉法人に寄付し、児童公園として整備してもらいました。なぜなら、いわゆる「風営法」等の法規制により、児童公園のような「児童福祉施設」の半径100m以内には、パチンコ店を開くことができないと定められているからです。つまり、Xの出店に先んじて児童公園を作ってしまえば、Xは風営法の規制によって出店ができないことになってしまうわけです。Yらの策略は見事に成功し、Xはパチンコ店の出店を認可されませんでした。そのことに怒ったXが、Yらに対し、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起したのが本件になります。

正直な感想としては、よくぞそんな手を思いついたなというところです。これに対し、最高裁判所は次のように判示し、Yらの共同不法行為を認めました。

本件寄附は,上告人の事業計画が,本件売買契約の締結により実行段階に入った時点で行われたものというべきであり,しかも,法4条2項2号の規制は,都道府県の条例で定める地域内において良好な風俗環境を保全しようとする趣旨で設けられたものであるところ,被上告人事業者等は,その趣旨とは関係のない自らの営業利益の確保のために,上記規制を利用し,競業者である上告人が本件パチン店を開業することを妨害したものというべきであるから,本件寄附は,許される自由競争の範囲を逸脱し,上告人の営業の自由を侵害するものとして,違法性を有し,不法行為を構成するものと解すべきである。

平成19年03月20日最高裁判所第三小法廷判決
平成17(受)277損害賠償請求事件
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070320112834.pdf

本判決は、結論の妥当性としては文句のないところだと考えます。しかし、一個人の心情としては、そんな奇手を思いついて実行したYらの機転に拍手を贈りたいところでして、自分がパチンコをやらないからということもありますが、パチンコ店ができるよりは児童公園ができたほうが、街のアメニティという観点からも、むしろ有益であったような気がしないでもありません。

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2007年8月19日 (日)

OpenIDの考察

「OpenID」というものをご存知でしょうか?OpenID(オープンアイディー)とは、個々のサービスやサイトを越えて使用できる認証IDのシステム名称のことです。恥ずかしながら、つい最近になってようやくその存在を知りましたが、とても大きな可能性を秘めたシステムであると思います。今日はOpenIDの勉強のために、OpenIDに関する情報を色々と集めるとともに、その法律的な論点についても簡単に考察してみたいと思います。

まず、OpneIDの概要についてまとめてみたいと思います。通常のサービスは、サービスごとに独自IDを取得する必要があります。たとえば、ニフティのサービスを利用するためには、ニフティIDを取得する必要があるわけです。しかし、OpenID対応サービスであれば、1つのOpenIDを用いることで、どのサービスでも利用できることになります。たとえば、ニフティIDをもっていれば、ヤフーのIDを取得しなくとも、ヤフーオークションを利用できるようになったりするわけです。そのように、1つのIDで会社の垣根を越えてサービスが利用できるので、ユーザーにとっては、複数のID(および付随するパスワード)を管理しなくてもよいことになりますから、利便性が大きく高まることになると考えられるのです。

OpenID - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/OpenID

しかし、上記のようなOpenIDの利便性は、一方で、これまでのCGMの管理・運営方法に大きな変革を迫る可能性を秘めているようにも思います。

これまでのCGMは、基本的にユーザー管理は二元的であったと考えます。すなわち、サービス運営主体がユーザーの本人確認を行った「会員」か、本人確認を行っていない「Anonymous」かです。したがって、CGMは、1.「会員」のみのクローズドなコミュニティ(たとえばSNS)、2.「Anonymous」が誰でも参画可能なコミュニティ(たとえば2ちゃんねる)、3.「Anonymous」でも閲覧は可能だが、CGMへのコミットは「会員」しかできない(たとえば特定のIDを持っていないとコメント欄への書き込みができないブログ)という3つのタイプしかなかったように思います。そして、「会員」に対しては、会員規約へ同意させることにより、当該規約に違反したことに対するサンクションを明示する等して、強固な「会員」の管理が可能であったと思います。もちろん、「Anonymous」に対しても、「サービスを利用した時点で会員規約に同意したものとみなします」といったみなし規定による管理を行うことが可能ですが、その実効性は疑問であったと思います。

しかし、OpenIDの登場により、CGMに新たなタイプが付け加わることになると考えます。つまり、上記3の発展系としての、4.OpenIDユーザーが、「会員」ではないので、当該CGMの会員規約には同意していないけれども、「Anonymous」ではないので、「会員」しか利用できないサービスを利用できるというものです。では、そのようなOpenIDユーザーをどのように管理すれば良いのでしょうか?

すぐ思いつく方法としては、OpenIDユーザーに対して会員規約を準用するというものです。したがって、OpenIDユーザーも「会員」と同等のサービス利用義務を負うことになり、会員規約違反行為に対しても同等のサンクションを課すことが可能になります。この方法は簡便であり、しかも結論の妥当性に富んでいると思いますが、ひとつ懸念があります。その懸念とは、以下のようなものです。

通常、サービス運営者は、「会員」が会員規約に違反したからといって、一見して規約違反が明確である場合はともかく、判断が微妙な場合は、強権的な処置を講ずる以前に、当該「会員」に自主的な対応を促すというケースが多いと思います。これは「会員」の保護という側面もあるわけです。しかし、OpenIDユーザーに対しては、そのような温情的な対応は必要なく、直ちに強行措置に訴えても構わないように思えます。しかしながら、そのようにOpenIDユーザーに対してのみ強権的な態度に出るとすれば、たとえば「会員」とOpenIDユーザーが同程度の会員規約違反を行っていた場合に、「会員」に対しては「温い」態度をとり、OpenIDユーザーに対しては強い態度に出るといった、ダブルスタンダードが生じることになると思うのです。このようなダブルスタンダードは、サービス運営主体にとっては避けるべき対応であるようにも思います。

ただ、私見では、そのようなダブルスタンダードもやむを得ないかなとも思っています。というのも、そのような態度が嫌なら、「会員」になれば良いと考えられるのであって、サービス運営主体は「会員」になることに対して門を閉ざしてはいないと考えられる以上、「会員」にならないことによる不利益は、「会員」にならないという選択をしたOpenIDユーザーが自ら引き受けるべきものであるからだと考えるからです。

私見の妥当性はともかく、OpenIDが引き起こしうる諸問題は、非常に根が深い、重要なものであると考えています。今回は国内のサービスにおける問題についてのみ考察しましたが、たとえば海外のOpenIDユーザーが国内のサービスを使いに来るということも考えられるわけです。そのような場合の準拠法の問題であるとか、課題は山積みであるように思います。まあ、山は険しい分だけ登り甲斐があるという感じで、OpenIDの問題も、難しいだけに考えるべき価値のある良問であるという気も少ししています。いずれ、もっと踏み込んだ考察をしてみたいと思います。

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2007年8月17日 (金)

「Wikipediaの書き換え」を追跡するツール

今日はWIRED VISIONのこのニュースがとても印象に残りました。このツールの登場により、Wikipediaというインターネットでも最も成功したCGMの価値がさらに高まることになると考えます。

WIRED VISION / 「Wikipediaの書き換え」を追跡するツール(1)
http://wiredvision.jp/news/200708/2007081800.html

13日に開始された新しいデータマイニング・サービスは、何百万件ものWikipediaへの書き込みから発信源を突き止め、長年にわたる情報操作疑惑の背後にあった包括的なデータを初めて提供するものだ。こうしたデータはこれまで、特定の事例についてクレームがあったときに、調査の過程で断片的に明らかになるだけだった。

カリフォルニア工科大学の演算処理および神経システム専攻の大学院生Virgil Griffith氏の考案した『Wikipedia Scanner』は、Wikipediaでの編集操作と関連するインターネットIPアドレスのブロック所有者のデータを突き合わせることにより、何百万もの無記名による編集と、それを行なったと思われる組織と結びつける、検索可能なデータベースを提供する。

Wikipediaは、誰でも記事の執筆、編集が可能であるというサービスの性質上、記事の精度・信憑性が必ずしも保証されないことになります。たとえば、誰でも執筆できることから、単なる勘違いや誤解から生じる不正確な情報が常に発生しうるリスクが存在しているわけです。けれども、そのような不正確性のリスクは、大した問題ではないと考えます。なぜなら、そのような不正確な情報は、いずれ正確な情報を有する誰かの手によって訂正されるであろうと予想できるからです。すなわち、Wikipediaは、そのような訂正可能性を有しており、その結果として、漸進的に正確な情報が蓄積されうるわけです。その可能性こそが、Wikipediaの最大の価値であると考えています。

しかし、Wikipediaには、より解決しにくい、そしてより深刻な問題があります。たとえば、価値観の相違による意見の対立とそれに基づく編集合戦や、特定の組織による情報操作といったことが挙げられます。この点、編集合戦については、その根底に価値観の相対性がある以上、問題の根絶は不可能であると考えます。むしろ、表現の自由の観点からは、複数の意見が対立しうるという事態は望ましいとさえ言えるのではないでしょうか。

ただ、故意の情報操作の場合は、読者が気付かないうちにミスリーディングされてしまう危険があるのであって、厄介な問題であると考えます。実際、楽天証券の従業員が、「楽天証券」の記事の中の自社にとって都合の悪い情報の削除を繰り返していたという事件が昨年発覚しています。そして、そのような事件が原因となって、Wikipediaの記事は大なり小なり情報操作がなされており、信頼ができないのではないかという否定的な意見が有力になっているわけです。

そんな中で登場した「書き換え追跡ツール」は、情報操作に対する検証可能性を大幅に強化するものであると思います。それは情報操作を行おうとする者に対する抑止力となり、Wikipediaにおける情報の信頼性を高め、結果として、Wikipediaというメディアの価値を向上させることになると考えます。このことは、僕にとって全くワクワクさせられる予想です。今回の記事は(1)ですので、次回のWIRED VISIONのニュースの内容を楽しみにしたいと思います。

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2007年8月15日 (水)

ブログ等における「前科」情報の残存について

ブログ等でよく見受けられるエントリーの形式として、ニュースサイトから自分が気になったニュースを引用し、そのニュースに対して自分の意見やコメントを述べるというものがあります。そのなかには、犯罪に関するニュースについてコメントするエントリーも多くあります。特に、教師や警察官や公務員が犯した犯罪に対しては、批判的なエントリーが盛り上がりやすいように思います。

さて、日本では、犯罪報道において、犯罪者(もっとも、大抵の場合は逮捕時に報道されるので、あくまで「被疑者」でしかなく、当然に無罪の推定が働くべきであることには充分に留意する必要があります。)の実名や年齢や職業を報道する「実名報道」が一般的です。よって、上記のような犯罪に関するニュースについてコメントするブログのエントリーにおいても、犯罪者の実名等が表示されるケースが多いと言えます。

実名報道 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E5%90%8D%E5%A0%B1%E9%81%93

ところで、ニュースサイトにおいてニュースの掲載されている期間は、サイトごとにバラつきはありますが、おおむね1週間から1ヶ月程度と、それほど長くはありません。よって、犯罪者の実名等が表示されたニュースがニュースサイトに掲載されたとしても、「人の噂は七十五日」と言われるよりも短い期間で消えてしまいますので、その影響はそれほど大きくはないと考えられます。

しかし、犯罪に関するニュースについてコメントするブログのエントリーにおいて、犯罪者の氏名等を含む当該ニュースの全部または一部を引用していた場合、大元のニュースサイトのニュース自体は既に掲載されなくなった後においても、当該エントリーにおいては表示され続けるという事態が考えられます。すなわち、当該犯罪者が刑期を終え、娑婆に復帰したとしても、自分の「前科」がネット上に残り続ける可能性があるわけです。もちろん、そのような事態はブログが流行る以前のパソコン通信やインターネットの時代から、あるいは、新聞の縮刷版が公立図書館で閲覧できるようになった時代から存在する問題ではありますが、誰もが手軽に情報発信を行えるようになったCGM時代の今日において、顕在化してきた「古くて新しい問題」であるように思います。

なお、前科情報とプライバシーの関係については、有名な「ノンフィクション『逆転』事件」があり、この判例の中で、最高裁は次のように述べています。

ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである(最高裁昭和52年(オ)第323号同56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁参照)。……そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。

前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。

ノンフィクション『逆転』事件 上告審
http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/12-3.html

したがって、上記の『逆転』事件判例の法理によれば、政治家の犯罪のような高度に公共性のある公人の犯罪に関するニュースの場合はともかく、一私人のイエローニュース的な犯罪のニュースクリッピングを行うことは、後日、当該私人が社会復帰をした場合に、不法行為を形成する危険性があるもののように考えます。ニュースクリッピング系のブログの運営者は、その点に留意しておく必要があるように思います。

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2007年8月14日 (火)

井田良「終末期医療と刑法」を読む

法律雑誌『ジュリスト』2007.8.1-15号(No.1339)「特集・医療と法」に掲載されていた、井田良先生の論文「終末期医療と刑法」を一読しました。「いわゆる積極的安楽死と尊厳死に対して、刑法はどのような態度で臨めば良いのか」という、非常な難問について論じたものです。不勉強な僕が何を言えるわけでもないのですが、尊厳死について、せめて簡単な感想だけでも述べてみたいと思います。

井田先生は、尊厳死が適法とされることの根拠を、法的治療義務の欠如に求められます。そして、法的治療義務が消滅する場合として、主として医学上の理由から治療義務が客観的に消滅する場合と、患者の自己決定により主観的に治療義務が否定される場合の2つがあると指摘されます。以上の整理の仕方には全く賛成なのですが、少し疑問なのが「被害者の同意」の限界と、自己決定権に基づく尊厳死の関係です。

「被害者の同意」とは、ごく大雑把に言えば、一見すると犯罪が成立しそうな場合であっても、被害者本人が同意することにより、犯罪が成立しなくなることを指します。典型例としては、傷害罪、窃盗罪、強姦罪、住居侵入罪が挙げられます。まさに、犯罪の成否そのものを自己決定権に基づかせる議論であるわけです。しかし、この「被害者の同意」の理論も万能ではなく、通説は、「同意の内容が被害者にとって処分可能な個人法益に関するものである場合にのみ適用しうる」(大谷寛『刑法講義総論』新版第2版259ページ)とし、「刑法第202条が同意殺人を処罰している点、および生命の保護の重要性にかんがみ、生命に危険を与える程度・態様の重大な傷害について法益の自由な処分は許されない」(大谷同260ページ)と考えています。

第202条(自殺関与及び同意殺人)
人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。

たしかに、刑法第202条が存在し、同意殺人と(共犯従属性説をとるのであれば)自殺においては、被害者の同意の法理は適用されないことになると、理論的には解釈せざるを得ないように考えます。しかし、そのことと、自己決定権が尊厳死の主観的適法化事由になりうるということとの整合性がイマイチ理解できません。もちろん、僕の思考力がヘボヘボだからなのでしょうが……。

この点、井田先生は、「自己決定権を行う主体そのものを破壊するような結果になる場合にもこれを合理的な意思決定として尊重することは、自己決定権の思想と矛盾するから、そのような場合には、刑法による干渉も許される」(井田良『刑法総論の理論構造』195ページ)として、自己決定権に内在する制約が、「被害者の同意」の法理を限界付けるとされています。そして、尊厳死においては、「『それ以上の生を強制されないこと』への自己決定が問題となっているのであり、それはより完全な形で尊重されてよいと考えられる」(井田同214ページ)と述べていらっしゃいます。これを読むと、なるほどという感じもしますね。

ただ、僕は、法学の理論がどうこういう以前の段階の、哲学的・思想的な立ち位置として、非決定論者、自由意志肯定論者ですので、患者自身の自己決定によって、尊厳死が適法化されるという主張に、心情的に賛同したくなります。ショーペンハウエルの『自殺について』から一節を引用して、このつたない感想の締めくくりとしたいと思います。

一体誰にしても自分自身の身体と生命に関してほど争う余地のない権利(レヒト)をもっているものはこの世にほかに何もないということは明白ではないか。

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2007年8月 1日 (水)

「ヴァーチャル暴行」は犯罪?

スラッシュドットに出ていた「ヴァーチャル暴行」は犯罪か?というストーリーがなかなか興味深かったです。少し刑法的に考察してみたいと思います。なお、あくまで日本国刑法によった解釈しかしませんので、その点はご了承ください。

スラッシュドット ジャパン | 「ヴァーチャル暴行」は犯罪?
http://slashdot.jp/article.pl?sid=07/05/05/2115200

前提として、「ヴァーチャル暴行」という言葉ですが、元ネタの原文によれば「Virtual Rape」であり、法律的には「ヴァーチャル強姦」という言葉がより正確だと思います。マスメディア的な自主規制では両者は一緒にされていますが、暴行罪と強姦罪は全く別物ですからね。ただ、何かとわかりにくいので、以下の考察では、「Virtual Rape」という用語で統一したいと思います。

では、Second Life上のアバターを「Virtual Rape」することは、強姦罪を構成するのでしょうか?この点、強姦とは、暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫することであり、姦淫とは、男性器を女性器に挿入することを言います(大谷『刑法講義各論 新版第2版』(以下「各論」)112頁)。とすれば、「Virtual Rape」は身体的な姦淫行為を伴わないわけですから、強姦罪の実行行為に該当せず、強姦罪は成立しないと考えます。

次に、強制わいせつ罪の成否について検討します。強制わいせつとは、暴行又は脅迫を用いて13歳以上の男女に姦淫以外の猥褻行為を行うことによって性的自由ないし性的感情を侵害することを言います(大谷各論109頁)。「Virtual Rape」は、アバターの背後にいるプレーヤー実人格の性的感情を侵害するものであると考えます。

ところで、そもそも「Virtual Rape」とは、プレーヤーの意思に反して強制的にアバターに性的なアニメーションを取らせるようなスクリプトを実行させることを指しているようです。とすれば、論点としては、そのようなスクリプトを実行させることが暴行又は脅迫に当たるかが問題になります。

この点、強制わいせつ罪における「暴行又は脅迫」概念は、被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度のものであることを要すると解するのが通説です(大谷各論110頁)。とすれば、「Virtual Rape」は被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度の暴行又は脅迫を用いているとは思いませんので、強制わいせつ罪は成立しないのではないかと考えます。

以上、まとめますと、「Virtual Rape」は充分に犯罪的ではありますが、構成要件該当制を検討すると、強姦罪にも強制わいせつ罪にも当たらないのではないかと考えています。最初はやる気があったのですが、途中から眠くなってきて適当になってしまいました……。異論、反論お待ちしています。

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2007年7月31日 (火)

「トピックスAPI」と記事見出しの著作物性

今日はCNETのこのニュースが気になりました。短いニュースですが、その裏にはヤフーの法務部門の奮闘が見え隠れしているように思います。

ヤフー、Yahoo!ニュースのトピックス情報を取得できるAPIを公開:ニュース - CNET Japan
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20353674,00.htm

ヤフーは7月30日、開発者向けサイト「Yahoo!デベロッパーネットワーク」において、Yahoo!ニュースのトピックスを取得できる「トピックスAPI」を公開した。

 このAPIを用いることで、例えば、現在Yahoo! JAPANトップページに表示されているトピックや「国内」「経済」といった各ジャンルのトピックの見出し一覧などを取得してアプリケーションを開発することができる。

「トピックスAPI」を用いれば、自由にYahoo!ニュースのトピックスの見出し一覧を表示できるアプリケーションを作成できるようになるのだそうです。このAPIサービスを実現するにあたり、ヤフーとしては、Yahoo!ニュースに記事の見出しを提供している新聞社等のコンテンツホルダーから、記事の見出しを不特定多数の「トピックスAPI」ユーザーに再使用させる許諾を得ているのではないかと思います。

権利許諾の流れとしては、新聞社が記事および見出しの原権利者であり、ヤフーは新聞社から当該記事および見出しをユーザーに配信する許諾を得る契約を締結しているはずです。新聞社が親、ヤフーが子にあたるような感じです。しかし、「トピックスAPI」は、そこからさらに一歩進んで、孫にあたる「トピックスAPI」ユーザーが、曾孫にあたる「トピックスAPI」によって実現されるアプリケーションのユーザーに対して見出しを表示できるわけです。ということは、「トピックスAPI」の提供主体であるヤフーは、「孫が曾孫に見出しを提供しても良い」という許諾を親である新聞社から得ていると思うのです。

ところで、議論の前提確認として、そもそも新聞記事の見出しに著作物性があるのでしょうか?この論点に対し、知罪高裁は、下記の判例において、「見出しは事実をごく短く制約のある形で表現したものであって創作性があるとは言えず、「思想または感情の創作的な表現」と著作権法が定義した「著作物」には当たらない」と判事し、記事の見出しの著作物性を否定しています(もっとも、同判決が「見出しは、多大な労力や費用をかけた報道機関の活動が結実したもの」として法的保護に値すると認め、営利目的による無断の反復使用は不法行為が成立すると判断したことには留意すべきです)。

平成17年(ネ)第10049号 著作権侵害差止等請求控訴事件
平成17年10月06日知的財産高等裁判所判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/0C642A4A124DC13D492570970018104B.pdf

上記の判例は既に確定していますので、記事見出しには著作権がないことが判例上は明らかです。とすれば、本来は見出しは自由に利用することができるはずです。しかし、新聞社等のコンテンツホルダーとしては、見出しの創作性に対する思いが強く、当然、この判決に納得はしていないわけです。実際、「筋の良い(いかにも工夫を凝らした見出しの場合とか)事件があれば、再び争うであろう」と某通信社の方がおっしゃっていたのが印象に残っています。

ですので、ヤフーの「トピックスAPI」については、よくコンテンツホルダーが認めたものだなと感心した次第です。こうして次第にネットにおける自由度が上がっていくのは(少なくともIT企業としては)歓迎すべきことだと考えています。ヤフーの法務部門等の頑張りがあったのだと思いますが、僕もは負けていられないなと思っています。

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2007年7月27日 (金)

著作権保護期間の延長は創作のインセンティブになるか?

今日はこのニュースが気になりました。いい加減、この手の著作権保護期間延長の議論には飽き飽きしているのですが、権利者側が的外れとしか思えない主張を続ける以上、何度でも反論をせざるを得ないという感じです。

スラッシュドット ジャパン | 著作権保護期間延長論、本音は100年?
http://slashdot.jp/article.pl?sid=07/07/26/0142253

7月24日に開かれた情報通信政策フォーラムのセミナーで作家の三田誠広氏が著作権保護期間について発言し、「作家にとって創作のインセンティブになるのは、作品が本として残ること。50年、100年後も作品を出版してくれる版元の期待に応えたい」と述べたとのこと。著作権保護期間を延長すれば著作者の創作意欲が高まるとしている。

上記リンク先のスラッシュドットでも議論されていますが、そもそも、「著作権保護期間を延長することが、著作物の利用促進につながり、結果として、著作者の創作意欲を高める」という主張には、疑問があります。たとえば、『星の王子様』は、つい最近、著作権が切れたわけですが、保護期間終了後に色々な出版社から新訳が出版されました。ほかにも、100円ショップで「青空文庫」に載っている著作権の切れた名作を元にした文庫本が売られたりしているような例があるわけです。

それらを見ると、著作権の保護期間の延長が文化の発展にはつながらないように思えてなりません。著作権法の目的である「文化の発展」(第1条)を果たすためには、著作権という原則的に著作物の利用を禁止できる強力な権利をあまり長期間著作権者に与えるのは逆効果ではないかと考えています。「ケータイ小説」にように、デジタル媒体による「書籍」の利用が一般化しつつある(そして、それらが読み捨てられるスピードも加速しつつある)ことを鑑みると、むしろ著作権の保護期間は10年とか20年とか思い切って短くしてしまって、代わりに、「ローレンス・レッシグが主張するように、一定の料金を支払えば、著作権の保護期間を延長できるという制度に移行すべきであると考えています。そうすれば、著作者の死後50年、100年経っても出版されるような名作も保護できますし、一方で、そこまでの名作ではない著作物にしても、多種多様な利用がなされる可能性が生じ、結果として、文化の発展に寄与すると考えます。

また、上記スラッシュドットの元記事であるITmediaによれば、三田氏は「保護期間が切れた途端に、心ない人によって思いもよらない形で作品が利用されることもある。」という懸念を表明されているそうです。しかし、この意見にも反論をしたいところです。そもそも、そういった著作権者の意思に反した著作物に利用に対しては、同一性保持権による保護が可能です。しかし、著作権者の意に反した利用を全て認めないという態度をとるのであれば、文化の発展という観点からは大いに疑問があります。たとえば、ミキシングとかリミックスとかいう音楽の創作技法は既に一般的ですし、YouTube等のビデオ投稿サイトには、MADムービーが溢れています。すなわち、あく著作物が、当初の意図を超えた利用をされることにより、新たな価値が生じるという事態が生じているわけです。三田氏の主張がそれらの新しい創作手法を否定するものであれば、賛同できません。そのような新たしい創作手法のためにも、日本にもフランス著作権法のような「パロディ権」が欲しいものです。

最後に、著作者の創作のインセンティブは何かということを少し考えてみたいと思います。当然、著作者自身や家族の生活は重要ですし、新たな創作活動のためのには、資料を購入したり、取材を行ったりする費用が必要になると思います。そのための金銭的な利益は当然に必要であると思います。しかし、そのような金銭的利益は、あくまで創作行為そのものではなく、間接的・付随的なものであるように思います。

この点、リルケの『若き詩人のために』の一節が本質を捉えていると思います。狭義の詩人という枠に囚われず、創作者一般にとって普遍的な真実だと思います。創作者というのは、辛く苦しく孤独に創作活動を行うものだと思うのです。金銭的な利益があるかどうかなどということは、その創作のインセンティブには関係がないように思えてなりません。

自らのうちへおはいりなさい。あなたが書かずにいられない根拠を深くさぐって下さい。それがあなたの心の最も深い所に根を張っているかどうかをしらべてごらんなさい。もしもあなたが書くことを止められたら、死ななければならないかどうか、自分自身に告白してください。何よりもまず、あなたの夜の最もしずかな時刻に、自分自身に尋ねてごらんなさい、私は書かなければならないかと。深い答えを求めて自己の内へ内へと掘り下げてごらんなさい。そしてもしこの答えが肯定的であるならば、もしあなたが力強い単純な一語、「私は書かなければならぬ」をもって、あの真剣な問いに答えることができるならば、そのときはあなたの生涯をこの必然に従って打ち立てて下さい。……決して外から来るかもしれない報酬のことを問題になさってはなりません。なぜなら、創造するものはそれ自身一つの世界でなくてはならず、自らのうちに、また自らが随順したところの自然のうちに、一切を見出さねばならないからです。

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2007年7月24日 (火)

ヤフーにエールを

今日はCNETのこのニュースが気になりました。

ヤフー、動画共有サイトの楽曲使用料をJASRACに支払いへ:ニュース - CNET Japan
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20353286,00.htm

ヤフーは、運営する動画共有サイト「Yahoo!ビデオキャスト」でユーザーが投稿した動画に使われている楽曲の使用料を、社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)に支払うことを決めた。

しかし、「支払うことを決めた」ということは、これまでは動画投稿サイト上の動画に含まれている楽曲使用料については、そもそも支払うつもりがなかったということなのでしょうかね?まあ、そんな揚げ足取りはともかく、具体的な料率や支払方法については「JASRACとこれから話し合って決めていく」のだそうです。

普段、ヤフーは「ライバル」ではありますが、今回の件に限っては、ヤフーにエールを贈りたい気分です。というのも、PV世界一を誇るヤフーに、その圧倒的パワーをもって、JASRACとの楽曲使用料の交渉をネット界全体にとって有利な方向に何とか導いてもらいたいと思うからです。

たとえば、上記記事によれば、JASRACは利用許諾の前提として、「ストリーム形式によるサービスであること」を条件としているそうです。ストリーム形式に限るとしているのは、動画をダウンロードされてしまうと何度でも再生されてしまうため、楽曲使用料を計算できないとかいうあたりが理由なのでしょうか。

しかし、たとえば音楽CDを購入した場合、そのCDを再生するたびに、いちいちJASRACに楽曲使用料を支払ったりするでしょうか。もちろん、CDを自分一人が聞いている分には私的利用の範囲内なのですが、同様に、ダウンロードした動画を自分のPCで何度再生しようが、それは私的利用の範囲内ではないかと思います。とすれば、利用許諾の条件をストリーム形式に限る根拠は乏しいようにも思います。

要は、サービス提供主体に対し、その動画の視聴数に応じた課金ができれば良いのだと思うのですが、そのあたりをJASRACがどのように考えているのかが、今回の記事からは不明確です。広告収入がある場合は、その広告収入に一定の割合を掛けた金額を使用料とするとのことですが、そんなドンブリ勘定で良いのでしょうか?

また、一つの動画に複数のJASRAC管理楽曲が使用されており、動画の再生が途中で中断されてしまったために、特定の楽曲が再生されなかったりするケースが考えられますが、そのような場合であっても、当該動画に含まれていた全ての楽曲が使用されたとみなすのでしょうか。などなど、解決すべき課題は山積みであるように思います。

JASRACとの交渉は、おそらくは辛く苦しいものになるとは思います。しかしながら、ヤフーには何とか粘り強く頑張っていただいて、なるべくネットユーザーに有益な結論を導き出してもらいたいものです。全てのネットユーザーの未来のために、頑張れ、ヤフー!

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2007年7月21日 (土)

CGM時代の「検閲」についてのメモ

こんなマイナーブログを見てくださる方には周知の単語とは思いますが、CGM(Consumer Generated Media)とは、インターネットを通じて一般の消費者が、自ら直接コンテンツを投稿し、形成していくメディアのことです。雑誌やテレビといった旧来のマスメディアでは、編集者やテレビ製作会社が介在することにより、消費者自身の意見は間接的にしか表面に現れませんでした。それに対し、CGMでは、消費者の生の声や商品の実際の使用感等がそのまま表に出てくるため、旧来型のメディアよりも消費者からの信用度が高いという面もあるようです。
http://business.nifty.com/cs/catalog/business_bizItW/catalog_bizEW004990000_1.htm

CGMの具体例としては、クチコミサイトとか、ブログとか、SNSとかが挙げられるわけですが、もちろんそれ以外にも、ホームページとか掲示板とかパソコン通信時代のフォーラムとか、同様の性質のメディアは既に存在していたわけです。ただ、やはりそれらの旧ネットメディアはマイナーでしたので、利用者の数がマーケティング等に影響を与えるものとして注目されるほどではなかったのでしょう。だから、インターネット利用者がほぼ飽和状態に達し、しかも利用者のネットリテラシーが成熟してきた最近になって、ようやくCGMというものが注目されてきたのでしょう。

さて、CGMにおいては、事前に編集・チェック・選別等が入りませんので、不適切なコンテンツがアップされてしまう危険があります。また、コンテンツの数が膨大ですので、事後にも不適切なコンテンツを運営側が見逃してしまう危険があります。その対策として、サービス運営者は何らかの「検閲」をすべきかが問題になると考えます。ここで言う「検閲」とは、CGMサービスの運営者が、事前または事後に、投稿されたコンテンツの内容を編集・チェック・選別等することを指すことにしたいと思います。あくまでメモ的な内容ですが、CGMの「検閲」のあり方について、少し考えてみたいと思います。

不適切なコンテンツには、大別して、1.違法なコンテンツ、2.有害なコンテンツ、3.内容の不正確なコンテンツがありうると考えます。1.違法なコンテンツとは、たとえば、わいせつ・児童ポルノ、誹謗中傷・名誉毀損・信用既存・営業妨害、脅迫、著作権侵害、違法ドラッグ情報、口座売買の勧誘等が挙げられます。2.有害なコンテンツとは、たとえば、自殺系、自傷系、爆弾の作り方、犯罪請負等が挙げられます。1と2については、既に判例や学説の蓄積が多数ありますし、「ホットラインセンター」が稼動していますし、プロバイダー責任制限法のガイドラインも整備されていますし、「検閲」の対応方針は相当程度に明確化してきていると考えます。

インターネット・ホットラインセンター
http://www.internethotline.jp/

Telecom Service Association:テレコムサービス協会 ガイドラインhttp://www.telesa.or.jp/guideline/index.htm

したがって、現在の焦眉の問題は、3.内容の不正確なコンテンツの「検閲」をいかに行うかという点ではないかと考えています。具体的には、たとえばクチコミサイトにおいて、ユーザーが投稿した商品のスペックに誤りが含まれているとか、既に閉店してしまった飲食店の情報がそのまま残っているとかいったものを想定しています。これらの内容の不正確なコンテンツを、サービス運営者は訂正や更新すべきなのでしょうか?

この点、CGMというものに対する思想に応じて、アプローチの方法としては3つあると考えます。

第一のアプローチは、サービス運営者が事前に全ての投稿をチェックし、正しいと判断したもののみを掲載するというものです。サービス運営者が当該CGMサービスに投稿される内容に精通していれば、相当の正確性を担保できると考えます。全てが人力による目視ですので、一見すると「Web2.0的でない」ようにも思えますが、専門家だけが編集できるオンライン百科事典『シチズンディウム(Citizendium)』のように、今日でも実例が多数存在します。ただし、このアプローチはサービス運営者にはかなりのコストがかかりますし、サービス運営側が本当に正しいチェックができるのかという点が疑問として残るように考えます。

Citizendium
http://en.citizendium.org/wiki/Main_Page

第二のアプローチは、一切をユーザーに委ね、たとえサービス運営者が内容の不正確なコンテンツを発見しても放置するというものです。集合知と、そこから派生する訂正可能性に対して、全幅の信頼を寄せるわけです。ある意味、CGMのあり方として理想的な方法ですし、サービス運営側にコストがかからないのも利点です。とはいえ、そのような誤りをも包含するCGMというものは、サービスの質が必ずしも高いものではないと考えます。

以上のように、第一のアプローチと第二のアプローチはいずれも一長一短であると考えますので、その中間点の第三のアプローチとして、基本的に事前の「検閲」は行わないが、内容の不正確なコンテンツを発見した場合は、都度、修正するという対応方針がベターなのではないかと考えています。なんとも常識的な結論で面白みがないですが……。しかし、内容の不正確なコンテンツを発見するために定期的な巡回を行うとして、その頻度や範囲はどうすべきなのか等、詰めるべき細部は大きいと思います。

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2007年7月14日 (土)

井田良『変革の時代における理論刑法学』購入

井田良先生の『変革の時代における理論刑法学』を購入しました。井田良刑法研究会の末席を汚した身としては、せめて井田先生の新著の宣伝と売上貢献でもしなくてはなりません。慶應義塾大学出版会のホームページから、本書の紹介文を引用しておきます。

▼刑法学界の新境地を切り拓く気鋭の第一人者、井田良教授(司法試験考査委員)による待望久しい論文集。刑法総論分野にテーマを絞り集成。
▼刑事立法の新動向の評価,刑法学の在り方,違法論および責任論の基礎,量刑判断の枠組み……変革の時代において刑法学が直面する根本問題に正面から立ち向かう著者最新書。
▼「刑法と判例と学説-刑法判例の読み方」等といった初学者向きの論文から、裁判員制度導入に伴い重要度を増す量刑理論を扱う「量刑をめぐる最近の諸問題」等々、新しい時代における理論刑法学の基本的かつ重要な問題を論考。
▼「いわゆる違法二元論をめぐる一考察」論文等,違法論,責任論の基礎等について,井田理論の根本を理解するための必読の論文集

慶應義塾大学出版会|変革の時代における理論刑法学
http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766413861/

@nifty Books~アット・ニフティブックス:変革の時代における理論刑法学
http://nifty.bk1.jp/product/02803874

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2007年7月11日 (水)

DRMフリー化でデジタル音楽売上が増加?

昨日はココログフリーが緊急メンテナンスということで、丸一日使えませんでしたので、エントリーが書けませんでした……。残念。

さて、今年の4月の頭に、EMIが自社の楽曲をDRMなしでオンライン販売するということがニュースになりましたが、WIRED VISIONの以下の記事によれば、DRMなしとしたことが楽曲の売り上げ増加につながったそうです。

WIRED VISION / Listening Post / EMI、DRMフリー化でデジタル音楽売上が増加
http://wiredvision.jp/blog/listeningpost/200707/20070711140411.php

EMI社のDRMフリーの楽曲を『ITunes Plus』で利用できるようになった最初の月である6月には、EMI社のデジタル音楽とCDの市場シェアはほぼ同じになったが、それ以前はEMI社のデジタル音楽の市場シェアは常にCDのそれを下回っていた。DRMによる保護を撤廃したことで、EMI社のデジタル音楽の売上が伸びたのだ

いやあ、これは嬉しいニュースですね。2005年3月の時点で、慶應義塾大学経済学部の田中辰雄氏が「Winnyは音楽CDの売上枚数を減らしていない」という調査結果を発表していましたが、今回のニュースは、著作権保護手段の強化は、利用者にとって大きな負担となるだけではなく、コンテンツホルダーにとってもマイナスであるということをあらためて認識させてくれたと思います。「コピーナインス」とか言い出した人たちに聞かせてあげたいニュースですね。

DRM等の著作権保護手段によって著作物の利用を制限することは、利用者を限定し、結果として売上の限定につながると思います。一方で、著作権保護手段を撤廃すれば、利用者は増加することになり、その結果、売上の増加につながるのではないかと考えています。また、著作権保護手段を撤廃することで、複数の著作物のミックス・マッシュアップをすることが可能になり、それによって著作物の利用が倍増する可能性もあるのではないかと思っています。

上記のような方向性が現実化するのであれば、著作権法を改正し、現行法の「著作物の無断利用は禁止」という原則を廃止し、著作権を報酬請求権化すれば、著作物の個々の利用行為についてマイクロペイメントによる課金が可能になるわけで、コンテンツホルダーにとっても売上は増加するようになるのではないかと考えています。

そのような未来への道のりは遥か険しいですが、今回のニュースは、その大きな一歩になるのではないかと考えています。

ITmediaモバイル:WinnyはCD売上を減らさず~慶應助教授の研究に迫る (1/3)
http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0503/29/news097.html

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2007年7月 6日 (金)

NBL 高部眞規子「知的財産権訴訟 今後の課題」を読む

『NBL』のNO.859(2007.6.15)とNo.860(2007.7.1)に二回に渡って連載されていた、東京地方裁判所判事・髙部眞規子裁判官の論考「知的財産権訴訟 今後の課題」を読みました。最近の10年間で大きな変化のあった知的財産権訴訟の実務について、特許権侵害訴訟を中心に、実体法および手続法の観点から論じたものです。大半の内容は特許法がらみですが、一部、著作権訴訟についても論じられています。僕は特許法については門外漢ですので、著作権法の部分について簡単に感想を書いておきたいと思います。

nbl
http://www.shojihomu.co.jp/nbl.html

さて、髙部眞規子裁判官といえば、ジャストシステム製ソフトウェア「一太郎」と「花子」に搭載されたヘルプモードが松下電器産業が保有する特許権を侵害したとして、松下がジャストシステムに対し、同ソフトウェアの販売差止等を求めて訴訟を提起した「一太郎事件」や、このブログでもそれなりに詳細に検討した「MYUTA事件」を担当したことで有名な裁判官です。

高部眞規子 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%83%A8%E7%9C%9E%E8%A6%8F%E5%AD%90

一太郎事件知財高裁大合議判決について
http://www.venus.dti.ne.jp/~inoue-m/bm_patent_law_ichitaro_kousai.htm

Rivastの朱夏日乗: オンラインストレージサービスが著作権侵害?
http://rivast.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_ed65.html

Rivastの朱夏日乗: MYUTA事件判決文を読む
http://rivast.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/myuta_84ec.html

髙部眞規子裁判官は、「一太郎事件」においては松下の主張を認め、ジャストシステムの「一太郎」「花子」の製造、販売差し止め、廃棄を認めていますし、「MYUTA事件」においては、オンラインストレージサービスが著作権侵害となることを認めました。このことから、特にネットにおいては、あまり評判の良くない裁判官であるかもしれません。そんな本稿ですが、まず、「1 著作権訴訟の現状」として、以下のように述べていらっしゃいます。

いわゆる「カラオケ法理」に関連して、ユーザーが直接侵害行為を行い、業者の支配管理が及ばない場合において、ユーザーの行為をツールやサービスを提供した業者の行為と見ることができるかという侵害の主体ないし業者の責任をめぐって、多くの係争があり、議論も活発になされている。

この指摘は非常に重要だと思います。いわゆる「カラオケ法理」は、ファイルローグ事件や選撮見録事件等の数々の事案に対しても適用されており、その適用範囲の一見すると無限定に見えるまでの拡大に対しては、個人的には反対です。この点については、高部裁判官は次のように述べられており、その論旨には僕も賛成です。

侵害の主体の問題に関しては、少なくとも、間接正犯型の場合や、もっぱら著作権侵害を目的とする機器の製造・輸入・譲渡ないしサービスの提供等の行為であって、現実に侵害を行うユーザーを特定して権利行使をすることが不可能であるような場合に、侵害専用品やサービスの提供者の行為を著作権侵害とみなす旨の立法が強く望まれる。

他方、直接侵害者ではない関与者の責任をあまりに広く追求すると、侵害でない仕様を行うユーザーが新しい技術の恩恵を受けることができないなどの社会的な損失も伴うことに照らすと、その責任を認める範囲に適正な限界を設ける必要がある。

罪刑法定主義や法的予測可能性を担保するためには、解釈論ではなく、立法論で対処するべきだと思います。しかし、立法論に任せきりで本当に大丈夫かというと、少し心配しています。なぜかというと、やはりコンテンツホルダーの側がロビー活動等の政治的影響力は強いわけですから、真にインターネット時代に適合的な、ユーザーフレンドリーな立法がなされるのかどうか疑問だからです。たとえば、最近でもコピーワンスの緩和がうやむやになってしまっていますが、あれと同じことが著作権法の改正でも起こり、結果として、現状よりもガチガチに権利保護が強化されてしまわないか、懸念しています。

高部裁判官も述べておられますが、「著作権法1条にもうたわれている著作権の保護と著作物の利用による文化の発展のバランス」がとれるような立法論と判決に期待したいと思います。

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2007年6月27日 (水)

難読法律用語の読み方

社会人の方であれば、業務上、契約書を読む機会は多いと思います。契約書を読んでいて、「この漢字は何て読むんだろう?」と疑問に思われたりしたことはありませんでしょうか。そもそも、法律とは全国民が守るべきルールです。よって、本来は義務教育を修了した平均的国民が読めないような専門用語があってはマズイのです。じゃあ何で「欠缺」とか「滌除」とか「抛棄」とか(※文末参照)、21世紀を生きる現代人には馴染みのない漢字が法律用語には多いのかというと、法体系の一番の基礎になっている「民法」が、明治時代に成定された古めかしくも時代がかった法律であるからなのです。なにしろ民法は最近になってようやく口語訳されたくらいで、数年前までは漢字仮名交じりの文語体でした。その影響で、今でも法律用語には明治時代のなごりの難読用語が多いのです。

とはいえ、契約書においては酷い難読用語はあまり出てこないとは思います。契約書は法務担当者だけが理解しておけば良いものではなく、現場の当事者の方々こそが熟読玩味しておくべきものだからです。そのためにも、できる限り平易な日常用語を用いて作成されているはずであると思います。しかしながら、契約書の中にもある程度は難読用語が混じってしまっています。今日はそれらの用語の読み方と意味を解説していきたいと思います。商談中に正しい発音で契約書を読み上げてあげれば、知的な取引相手には「コイツわかってるな」と一目置かれるかもしれません。逆にガクのない相手だと「コイツ読み間違えてやんの」と馬鹿にされるかもしれませんので、ご利用は自己責任でお願いいたします。

1.瑕疵:かし ×かひ
 意味は「傷があること」です。
 例)「売主の瑕疵担保責任は……」

2.責:せめ ×せき
 意味は「責任」ですが、「責」の一字の場合は「せめ」と読みます。
 例)「……損害賠償の責を負うものとする。」

3.一:いつ ×いち、ひとつ
 意味は「ひとつ」ですが、「いつ」と読みます。
 応用として、「一の」は「いつの」と読みます。
 例)「以下の各号の一に該当する場合……」

4.一月:いちげつ ×ひとつき、いちがつ
 意味は「一ヶ月」ですが、「ヶ」がない場合は「いちげつ」と読みます。
 同様に、「三月」は「さんげつ」、「六月」は「ろくげつ」と読みます。
 例)「……契約の有効期間は契約締結日から六月とする。」

とりあえず、実際の契約書に出てきそうな難読用語はこんなところでしょうか。他にも「この漢字が読めない」というものがありましたら、是非ともお知らせください!今後のエントリーで補足していきたいと思います。

※ 冒頭の難読用語の読み方は、「欠缺」=「けんけつ」、「滌除」=「てきじょ」、「抛棄」=「ほうき」ですが、民法改正により、現在では使われなくなっています。

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2007年6月25日 (月)

各地の警察マスコット

明日が株主総会で多忙のため、以前にmixiに書いたネタの使い回しでお茶を濁します。

さて、現在の業務上、全国各地の警察とお付き合いがありまして、毎日のように電話がかかってきたり、FAXを送ったり送られたりしているのですが、警察から送られてくるFAXには、それぞれの地方の警察ごとにバリエーション豊かなマスコット・キャラクターが描かれていて、なかなかほのぼのとした気分にさせてくれます。たとえば、埼玉県の東村山警察署のFAXには、パンダの絵が描かれていたりするのです(動物園があるため)。

ネットは広大なもので、なかなかお目にかかる機会のないであろう警察のマスコットについて解説しているサイトがあります。なお、ここでいうマスコットとは、各都道府県の警察本部のものになります。

警察マスコット大全
http://www.geocities.jp/nov_bay_981008/mascot.html

http://homepage3.nifty.com/chara_town/Police_Chara-Dept/newpage2.htm

上記のサイトをつらつらと眺めていると、各地のマスコットもかなり可愛らしいものから警察っぽさを微塵も感じられないものまで、実にバリエーション豊かで、何とも和やかな気分にさせられます。個人的なお気に入りは、藤子・A・不二夫のデザインというわりにはいかにもやっつけ仕事感が漂う富山県警の「立山くん」と、シュールさが堪らない鹿児島県警の「チェストくん」ですね。

ところで、警察マスコットとしておそらく一番有名な、警視庁の「ピーポくん」には家族がいるのをご存知でしたでしょうか?また、以下の「ピーポくん家族紹介」のページに明記されているのですが、「ピーポくん」は商標登録されているそうなのです。けれども、何のために商標を取得しなければいけないのか、イマイチ理解に苦しみます。一応、出所明示機能と品質保証機能は果たしているのでしょうかね?

ピーポくん家族紹介
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/sikumi/pipo/pipo3/pipo3.htm

ピーポくん - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%81%8F%E3%82%93

しかし、ピーポくんの家族は、全員が同じ顔というのはまだ許せるとしても、全員が同じ角度で上を見上げている有様が、実に訳がわからず趣深いと思います。この点、会社の同期の慧眼によれば、なぜ彼らが一様に上を見上げているかというと、それは警視総監を見上げているからであって、すなわち警察の縦割り的階級社会の暗喩であるというのであります。素晴らしい迷解釈に思わず唸らされた次第です。

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2007年6月22日 (金)

公判廷開廷の要件

以下のニュースがなかなか勉強になりました。

最高裁、地裁・高裁に“喝” 検察官抜きの判決に「異議あり」-事件ですのニュース:イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/58466/

一審の裁判官が検察官不在のまま判決を言い渡し、二審も一審の判決言渡手続の違法性を指摘しながらも一審判決を破棄しなかったことが問題となった事案だそうです。最高裁のホームページに判例が公開されていますので、裁判要旨を引用しますと、以下のとおりです。

  1. 判決宣告期日として指定告知された日時に検察官不出席のまま判決が宣告されて被告人が退廷した後,勾留場所に戻った被告人を呼び戻して検察官出席の上再度行われた判決の宣告が法的な効果を有しないとされた事例
  2. 検察官不出席のまま行われた第1審の判決宣告手続の違法は,判決に影響を及ぼすことが明らかである

同僚の方と、この決定の条文上の根拠、つまり、公判廷開廷の要件として検察官の出廷が義務付けられる法的根拠は何だろう?と議論したのですが、さっぱり条文が浮かびませんでした。うーむ、知識が錆付いちゃってますね……。これはまずいですね。

決定全文を読むと、答えはすぐにわかりました。刑事訴訟法第282条第2項だそうです。

第282条
2 公判廷は、裁判官及び裁判所書記が列席し、且つ検察官が出席してこれを開く。

なるほど。そんな条文があったのですね。決定を読む前にパッと思い浮かんだのは、憲法第82条第1項「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」の趣旨の類推適用かなとか適当なことを思ったのですが、勉強不足でした……。

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2007年6月19日 (火)

松文館事件上告棄却

山口貴士弁護士のブログの下記のエントリーによれば、「松文館事件」の上告審について、2007年6月14日付で、上告棄却の決定があったそうです。6月18日の時点では、最高裁のホームページには該当判例は掲載されていませんが(今後も掲載されなさそうですけれども……)、下記のエントリーによれば、「具体的な理由の説明なく、ただ、従前の最高裁判例に追随するだけの残念なもの」だったそうです。この上告棄却の決定により、松文館事件は、罰金150万円という控訴審判決が確定することになりました。

弁護士山口貴士大いに語る: 【松文館事件】結果のご報告【上告棄却】
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2007/06/post_5641.html

松文館事件については、詳しくは以下のサイトやWikipediaの解説をご参照いただきたいのですが、一言で説明すると、2002年8月に、刑法175条に定めるわいせつ物販売罪にあたるとして、いわゆる「エロマンガ」の著者とそのエロマンガの出版社である「松文社」の社長が逮捕されたという事件です。一審では初犯としては異例の懲役1年・執行猶予3年の判決が下っており、二審では減刑されて罰金150万円の判決が下っていました。2005年6月に上告していましたが、2年が経って出た最高裁の判断は、上告棄却というものでした。

松文館裁判
http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Tone/9018/shoubun-index.html

なお、刑法175条でいう「わいせつ」とは、日常用語の「エロい」という意味とは根本的に異なる概念です。アメリカ法でいう「Hardcore Porno」と類似する概念ですが、そのような表現をすること自体が社会通念上禁止されるような露骨な性表現という意味になります。要するに、エロいけどまあOKなのではなく、エロ過ぎるのでそもそもやっちゃだめということです。したがって、わいせつ性の概念は、法律上の論点としては、表現の自由の保護とも関連して問題になってきます。松文館事件では、リベラル派の憲法学者・奥平康弘教授や、サイバー犯罪の研究で高名な園田寿教授が弁護側の証人になって、それぞれ証言をしたことでも話題を集めました。

他にも、サブカル系の研究で有名な社会学者・宮台真司氏や、オタク系の著書が多数ある精神科医・斉藤環氏も弁護側証人に立ち、それぞれゾーニング論と、エロマンガとオタクの性行動という専門的な観点から証言をしたこともあり、斬新な裁判の展開を見せていました。

僕は、松文館事件で「わいせつ物」とされたエロマンガを読んだことはないので、具体的な感想は述べられないのですが、あくまで一般論としては、たとえマンガであろうと、「わいせつ物」と認定されうるであろうことは否定できないと考えます。というよりも、「わいせつ」なマンガもありうるのだという可能性を否定することは、むしろマンガという表現手法を不当に低く評価することと同義であると思います。絵画が写真と違って特定の対象を強調して描けるように、マンガも、マンガだからこそ実写よりもエロさを追求することができる面があると思うのです。そのことを認めるのは、マンガの価値を正しく評価することだと思います。「わいせつ」なマンガなどないと主張するのは、戦前の法律が女性や障害者を一人前の法的主体として扱わなかったように、マンガを半人前の存在と無意識に蔑視する考えが根底にあるのではないかとさえ思ってしまいます。

したがって、問題となるのは、「わいせつ」なマンガと「わいせつ」でないマンガとを区別する判断基準はどこにあるのかということになると考えます。松文館事件では、そもそもの逮捕の発端が政治家の私的な圧力ではないかという疑惑が持たれているわけですが、その真偽はともかく、インターネットの普及により、海外の無修正ポルノが事実上解禁されている現状を鑑みると、とりあえず無修正のエロマンガは「わいせつ」ではないとしてしまっても構わないように思います。その上で、描写される行為態様に応じて、基準を考えていけばよいのではないかと考えています。

もっとも、世界に冠たる「萌え」を誇る日本においては、描写の内容によるメルクマールを考えるのが非常に難しいと思います。アメリカ法では、SMとか獣姦とかは大体NGになってしまいますが、日本でも同じ基準を用いると、「コミック・コード」みたいに、日本の萌え文化が衰退してしまうのではないでしょうか(笑)。冗談はともかく、基本線としては、表現の自由の観点から、萎縮効果を考慮して、「わいせつ」とされるものは必要最低限に抑え、外延部分はきめ細かなレイティングとゾーニングによって対応していくのが良いのではないかと考えています。抽象的な結論で申し訳ありませんが、松文館事件で被告側を支援していた人たちには、そのようなレイティングとゾーニングの具体的な基準作りにも是非とも参画して欲しいものです。

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2007年6月 8日 (金)

仮想通貨の為替市場

会社のPCで「ほしぶどう」を変換したら、「星武道」と出ました。流れ星とかを鍛錬する濃尾無双の武道でしょうか。

さて、昨日のエントリー「和製Second Life?」に対して、RMTには出資法や銀行業法等の法規制が絡んでくるのではないかというご指摘をいただきました。なるほど、勉強不足でした……。

将来的には、仮想通貨が現実の通貨と同じレベルの直接的な決済手段として一般化するのではないかと予想しています。そうなった場合、出資法や銀行業法のような、既存の金融機関が課されている厳格な規制を仮想通貨にまで一律に適用することが適切なのかの検討が必要になると思います。この点、厳格な法規制に対応できるのは相当程度に資金力と組織力のある大手事業者に限定されるでしょうから、今の検索エンジンと同じような寡占状態が生じるように思います。そのような寡占状態はネットの多様性という観点からは少し疑問ではありますが、仮想通貨の信頼性という意味では、それが望ましい事態なのかもしれないなとは思います。

ところで、銀行業法という単語から妄想したのですが、本家Second Life以外にも、「HOME」やら「meet-me」やら、仮想世界が多数出現し、それぞれの仮想世界に固有の仮想通貨が存在し、それらの仮想通貨が現実の通貨との交換可能性を持つとすると、その先に見えてくるのは、それぞれの仮想通貨同士の為替市場の成立ではないでしょうか。たとえば、1 Linden Dollar = 120 meet-me yenみたいな感じで両替レートができ、その差益だけで生活できるようになったりするかもしれません。また、ゲーム内の仮想通貨だけでなく、各地の地域通貨も一つの為替市場に取り込むと、より可能性が広がるような気がします。

国境が事実上なくなり、労働市場が流動化しているEUを舞台に想像してみると、自分がこれから出稼ぎに行こうとしている場合、生活資金はユーロで持っていっても良いですし、その地域で流行っているオンライン・ゲームの仮想通貨に換金して持っていっても良いですし、あるいは、その地域独自の地域通貨に両替して持っていっても良いわけです。そういう選択肢の多様性は、経済の活性化につながるように思います。

もちろん、そんな妄想を現実に実行するためには、法律面だけでも、課税法や準拠法やその他諸々の問題が山積しているわけですが、実現したら何かスゴイ変化がおきそうな気がしてなりません。

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2007年6月 7日 (木)

和製Second Life?

トランスコスモス、フロム・ソフトウェア、産業経済新聞社の合弁企業である「ココア」が、東京の街をリアルに再現したネット上の3D仮想空間「meet-me」α版を今冬に公開するそうです。

ITmedia News:東京をリアルに再現する“和製Second Life”
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0706/05/news078.html

上記記事によれば、この和製Second Lifeの特徴は以下のとおりです。

  1. 性的なコンテンツやカジノ、公序良俗に反するようなコンテンツは排除する
  2. アニメ制作会社が日本人向けにキャラクターデザイン
  3. 要求スペックが低い(「Windows Vistaが動く程度のマシン」)
  4. 現実世界の季節や天候をゲーム内に反映させる
  5. 建物や空間をあらかじめ作っておくことでユーザーが何をしていいか迷わない作りにする
  6. ゲーム内イベントやアトラクションもある程度作っておき、受け身のユーザーも飽きずに楽しめるようにする
  7. RMTは行なわない(「現行の法制度上黒に近いグレーと考えられるため」)

上記の特徴のうち、本家Second Lifeと比較して確実に優れていると考えるのは、3番目の要求スペックが低いという点ですね。本家Second Lifeは相当にハイスペックのPCじゃないとフレーム落ちしてまともに動かないという噂を聞いています。実際、自宅の2年前のDELL製PCでは重過ぎてそもそも起動すらできませんでした。それを考えると、ユーザーが一部のハイエンドPCを保有しているゲーマーに限定されないので、間口が広くなって良い感じです。また、日本人としては、2番目の日本人向けのキャラクターデザインであるということも歓迎したいです。本家Second LifeとかIMVUとかを見ても、アメコミ風とでもというのでしょうか、色調がドギツイうえに日本人離れした容姿をしていますので、生理的に受け付けがたい面があると思います。あまり「萌え」に走られても困りますが、アバターは親しみのもてるデザインであってほしいものです。

次に、上記の特徴のうち、4番については、良いとも悪いとも一概には言い難いかなと思っています。現実世界と同期することで、仮想空間だということを過剰に意識させずにゲーム内に誘導することが可能かなとは思いますが、せっかくの仮想空間なのだから、現実世界を逐一トレースする必要はないのではないかとも思います。たとえば、七夕は現実世界では梅雨時なので雨天のことが多いわけですが、仮想空間のイベントでは一年の逢瀬を全うしてほしいものです。落としどころとしては、季節の変化はトレースするが、天候まではトレースせず、運営側が任意に決定するという感じですかね。

また、5番と6番についても、心情的には反対に傾きがちなのですが、とりあえず評価は保留しておきたいと思います。本家Second Lifeの魅力は、ユーザーが何でも作り出せる自由度にあると思います。アイテムや建物にとどまらず、ゲーム内のローカル・ルールのような社会規範までも、自発性のあるユーザーなら形成することができるわけです。そういったゲーム内への能働的な参加行為の連鎖によるプラス方向のスパイラルの結果として、本家Second Lifeは興隆してきたのだと考えます。それが、レディ・メイドのアイテムとイベントがメインでは、ユーザーは受身になり、自発的な創造性を発揮しなくなるというマイナス方向のスパイラルに陥ってしまうのではないかと、少し懸念しています。

最後に、上記の特徴のうち、1番と7番については、明確に反対です。まず、「RMTが現行の法制度上黒に近いグレーである」という主張は法律的には誤りであるか、少なくともミスリーディングだと考えます。RMTは、ネット通販でたまるポイントの換金に類似する行為であり、景品表示法や不正競争防止法等の法規制を受ける可能性はあるにしても、契約法上違法であるということはありません。「契約自由の原則」の下では、ユーザーがゲーム内の仮想通貨を対価を支払って購入するという行為は、売買契約として当然に適法なものなのです。また、たしかに実際のRMTでは、お金を払ったのに仮想通貨をくれないといった詐欺に遭う被害が多発していますし、オンラインゲームの利用規約がRMTを禁止しているのにRMTを行なうとすれば規約違反であり、それをわかった上で何度も繰り返せば運営妨害になる可能性は否定できません。しかし、それらのことはRMTという契約関係そのものの適法性とは無関係です。

さらに、アダルトやギャンブルは排除するということですが、法律面というわけではないのですけれども、和製Second Lifeの目差すべき方向性という点で、反対です。抽象論ですが、仮想空間では、ソフトウェアの設定によって、アダルトやギャンブルといった「有害な」コンテンツを原理的に一律で排除することが可能です。つまり、ユーザーは自分が自由に仮想空間を闊歩していると思ってしまうけれども、実際にはシステム設計者の思い通りに操られおり、ある行為をする自由が不可視的に禁止されてしまうわけです。ローレンス・レッシグのいう「アーキテクチャによる支配」ですね。

そのような「アーキテクチャによる支配」に対して、ひとびとは抗しうる力を涵養しなければならないと考えます。この点、本家Second Lifeは、全てをユーザーの自由に任せることでユーザーの自発性を促し、結果として、ユーザーのアーキテクチャによる支配への対抗力が養われているという効能があるのではないでしょうか。つまり、アダルトやギャンブルを排除したいのであれば、特定のエリア内ではそのようなコンテンツを表示できないようなスクリプトを書き、それを自由に配布すれば良いわけです。そのスクリプトを使ってアダルトやギャンブルを排除するかどうかは、個々のユーザーの自主的な決定に委ねれば良いのであって、その結果として、自発的なゾーニングが実現すると思うのです。

なぜそのようなユーザー自身による意思決定プロセスを採用せずに、アーキテクチャによる支配に頼ろうとするのか、その答えは、和製Second Lifeが深いレベルにおいてユーザーを単なる受働的な消費者としか認識していないからではないでしょうか。穿ちすぎな見方かもしれませんが、アダルトやギャンブルをソフトウェア的に排除しようとする和製Second Lifeがもしそのような考えを持っているとすれば、賛成はできません。

最後に、本家Second Lifeの最大の法律的な特徴である「自分が創作したアイテムの著作権が自分のものになる」ということと比較して、和製Second Lifeでは、そのあたりの権利処理をどうするのかが曖昧になっている点について注目したいと思います。本家Second Lifeでは、ユーザーが自分で作ったアイテムの著作権はそのユーザー自身のものであり、だからこそ、ユーザーは自分の作ったアイテムを売却することで仮想通貨を稼ぎ、稼いだ仮想通貨をRMTすることで現実世界でも利益を得られるわけです。そのようなリアルのマネタイズを求めて、プロ志向のクリエーターが参入することで、本家Second Lifeではアイテム等の完成度が劇的に向上しているのだと思います。和製Second Lifeでも、本家と同様に、ユーザーへの著作権の帰属を認めるのであれば良いのですが、もしも禁止する方針であるとすれば、そのような制度設計には賛同できません。上記のニュース記事で権利帰属について何も触れられていないところをみると、まだ方針が決定していないのかもしれませんが、ここは英断を期待したいところですね。

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2007年6月 5日 (火)

私的録音録画補償金制度は即時撤廃すべき?

下記の記事を大変興味深く読みました。いやあ、DRMフリー宣言に続き、Appleカッコいい!

アップル、文化庁を激しく非難--「私的録音録画補償金制度は即時撤廃すべき」 - CNET Japan
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20350151,00.htm

最初に、「私的録音録画補償金制度」について、確認しておきましょう。本来、個人またはそれに準ずるごく親しい者同士における著作物の複製については、著作権法代30条に定める「私的使用」の範囲内であれば、原則として、自由に行うことができます。なぜなら、「私的使用」は、著作権者の利益を不当に害するものとはいえないし、また仮に「私的使用」を禁止したとしても、現実に違反行為を摘発するのは困難であると考えられるからです。

しかし、デジタル方式で複製する場合においては、オリジナルと全く同質のコピーが容易に作成できるので、著作権者の利益を害する危険性が高まるとも考えられます。そこで、利用者による私的使用の範囲内の複製を自由に許しつつも、その複製が特定のデジタルメディアによって行われる場合に限って、著作権者に報酬請求権を与えて補償金を得させることにより、利用者と著作権者の利益の調和を図ることになりました。それが、「私的録音録画補償金制度」です。具体的には、MDやCD-R、DVD-R等のデジタルメディアやそれらのメディアの再生機器の販売価格に、私的録音録画補償金が上乗せされています。ですので、利用者としては、購入時に私的録音録画補償金を無自覚のうちに支払っていることになります。

このような私的録音録画補償金を、iPodなどのデジタルオーディオプレーヤーにも義務づけるべきかが議論されている、いわゆる「iPod課金問題」に対し、Appleが示した見解が上記の記事ということになります。記事中からAppleの主張を抜き出すと、以下の5つです。

  1. 一人の利用者が同じCDを複数枚買う可能性は極めて低く、その事実は音楽レーベルも理解しているのであるから、そこには黙示の承認がある。とすれば、CDの販売料金に加えて、私的録音録画補償金を徴収するのは二重課金にあたる。
  2. 利用者による私的な複製により利益が害されるというのであれば、そもそも私的複製ができないような技術的措置を講ずるべきである。
  3. 私的録音録画補償金制度を携帯機器に対して導入しているのは僅か11カ国、全体の6%に過ぎず、国際的に見て標準的なものではない。
  4. iPodは有料かつ合法的なコンテンツ流通の推進役であって、ユーザーがP2Pサイトなどで違法コンテンツをやりとりするのを防いでいる。
  5. AppleはiTunesからの売上から世界で最も多額の著作権料を著作権者に納付している。

いやあ、良くぞ言ってくれたという感じですね。こういうところに見受けられるAppleの反骨精神というか、ハッカー思想のようなものには満腔の敬意を表したいと思います。もっとも、よくよく考えると、理由として適切かどうかは疑問な主張も多い気はします。2番は、DRMフリー宣言をしたAppleが主張するにしてはダブルスタンダードすぎるように感じられます。3番は、日本は、先進国中では日本とオーストラリアしか規定していない送信可能化権を有しているわけですし、そもそも国際的に標準かどうかは制度論とはあまり関係がないと思います。4番は、P2Pファイル共有ソフトでやりとりされたファイルが多いのであれば、それらのファイルを記録するHDDやDVD-Rなどに補償金をかければ良いと反論できるわけですから、本質的な否定説ではないと考えます。5番は、利用者から著作権者へのペイメントをどのようにするのが良いのかという制度設計におけるオルタナティブの提示にはなっているとしても、私的録音録画補償金制度を否定する論拠とするには薄弱であると考えます。

とすれば、Appleの5つの主張のうち、最も説得的であるのは、1番の「二重課金」にあたるというものであると考えます。そもそも、私的録音録画補償金制度は、私的複製をしない利用者に対しても負担を強いるものであって、「何でお金を払わなければならないんだ」という心情的な反発を受けやすい制度であることは否定できないと思います。この反発に納得のできる反論ができないのであれば、私的録音録画補償金制度は廃止してしまった方が良いと考えています。

とはいえ、僕は、著作物の利用行為を原則的に禁止する現在の著作権制度はデジタルコピーが遍在化するインターネットの実情に合致しないのであるから、原則と例外を逆転させ、利用行為を基本的に許容し、その代わりに著作権者に利用行為に対する報酬請求権を認めるのが良いのではないかと考えています。そのような考えの下では、まさに利用行為に対する報酬請求権という性格を持つ私的録音録画補償金制度は、あるべき方向性に沿うものであり、一概に否定することはできないとも考えます。もちろん、現行の私的録音録画補償金制度には数々の問題点があることは確かですが、この制度の欠点を矯正し、洗練させた制度が、将来的に主流になるべき制度なのではないかと考えています。

ところで、話が逸れますが、こういう挑戦的な主張をするのが、Appleという外資系企業であるという現実は、ちょっと情けない気もしますね……。ニュースになっていないか、僕が見落としているだけかもしれませんが、HDDを作っている東芝とか、デジタルウォークマンを作っているSONYとかが、もっと私的録音録画補償金制度に強く反対意見を述べたりしないものなのでしょうか?今回のAppleの主張は、日本は何でも外圧でないと変わらないというステレオタイプの再強化につながってしまうのではないかと、少し危惧します。

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2007年6月 1日 (金)

市長選、候補者メッセージをYouTubeで配信

市長選、候補者メッセージをYouTubeで配信--兵庫県加西市 - CNET Japan
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20349864,00.htm

アメリカでは既に、大統領候補がYouTubeにメッセージを流したり、現職議員が議会での失言について釈明するメッセージを流したり(それも数ヶ国語で!)していますが、ようやく日本も追いついてきたかなという感じですね。

もっとも、現状の公職選挙法では、パソコンのディスプレーに表示される文字や画像等は、「文書図画」に該当すると解釈されているため、広範な規制を受けており、事実上、選挙運動に使用することはできないことになっています(公職選挙法第142条等)。しかし、先日の東京都知事選で、AmebaVisionに投稿された政権放送が削除された事件をきっかけに、インターネットを利用した選挙運動についても解禁していくべきではないかという議論が盛り上がってきていると思います。今夏には参議院選挙を控えていますし、インターネットと公職選挙法のありかたについて、将来を見越して今のうちに再考してみる必要があるのではないかと考えています。兵庫県加西市の事例は、その嚆矢になりそうな気がしています。ニュースソースが見当たらないのですが、北欧のどこかの国で最近、実験的なネット選挙を実施したらしいですね。

思うに、インターネットの最大の効用は、それが表現の自由を拡大することにあると考えます。もちろん、拡大した結果、様々な弊害が生じていることも確かです。インターネット上には、誹謗中傷、名誉毀損が横行し、違法・有害情報が氾濫しています。しかし、それらの弊害よりも大きな効用を、インターネットはもたらしていると考えます。しがない一サラリーマンでしかない僕が、こうして自分の意見を自由に表明できるということだけをもってしても、物凄いメリットだと思います。

ところで、表現の自由には、自己実現の価値と自己統治の価値があります。

自己実現の価値とは、自己実現の価値とは、個人が表現活動を通じて自己の人格を発展させるという個人的な価値をいいます。趣味のような私的領域における自由です。企業活動などもこちらの自由に含まれる面が大きいと思います。

一方、自己統治の価値とは、国民が表現活動を通じて政治的意思決定に関与するという、民主制の根底となる価値のことをいいます。こちらは公的領域における自由です。

今日までのインターネットの歴史を見ると、自己実現の価値のみが拡張され、自己統治の価値はおざなりにされてきたのではないかと思ってしまいます。しかし、自己実現の価値と自己統治の価値とが両者ともに発展してこそ、インターネットにおける表現の自由は成熟するのだと考えます。

現状では、ちょっと政治的なことを書くと、すぐに「ウヨ」「サヨ」「嫌中」「媚中」などとレッテル張りされて、炎上しちゃう危険性があるわけですが、もちろん、炎上自体も表現の自由の拡張の効果であり、甘受せざるを得ない面もあるとはいえ、もう少し落ち着いて議論のできる場所が欲しいものです。

パッと思いつくのは、公職選挙委員会が公式に管理する掲示板を設置して、そこで実名制で議論するとかでしょうか。実名制の担保は、住基ネットの住民票コードを使えば良いと思います。政見放送などの動画も、そのサイトに置いておき、自由に閲覧できるようにすれば良いと思いますし、マニフェストなどもPDFで置いておき、自由にダウンロードさせれば良いわけです。そのような、プッシュ型ではない、プル型の情報配信のみに限定して解禁すれば、そもそも文書図画による選挙運動が規制される理由である、候補者間の資金格差による悪影響は受けにくいと思います。

というか、それくらいなら今すぐにでも実現可能だと思うんですけどね……。そういうインターネット上の選挙活動が盛り上がれば、投票率が低いとされる20-30代も、選挙にもっと関心を持ってもらえるのではないかと考えています。

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2007年5月29日 (火)

MYUTA事件判決文を読む

一昨日のエントリー「オンラインストレージサービスが著作権侵害?」で取り上げた、音楽データの携帯電話向けオンラインストレージサービスが著作権侵害とされた「MYUTA事件」の判決文が公開されましたので、早速、一読してみました。

著作権侵害差止請求権不存在確認請求事件(平成18年(ワ)10166号、平成19年5月25日東京地裁判決)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070528141551.pdf

「MYUTA事件」で最大の論点となっている、「音楽データをアップロードしたユーザーが、自分の携帯電話にその音楽データをダウンロードする行為は、ダウンロードできるのがアップロードしたユーザーだけであるのに、公衆送信権侵害にあたるのか」について、原告であるイメージシティ株式会社は、次のように主張しています。

ユーザが本件サーバに蔵置した音源データのファイルには,当該ユーザしかアクセスできず,1対1の対応関係であって,しかも常に同一人に帰するから,ユーザが専ら自分自身に向けて行っている自己宛の純粋に私的な情報伝達であり,公衆送信権侵害に当たらない

上記のよう原告の主張に対し、判決は、まず、音楽データをダウンロードさせているのはユーザーではなく原告であると認定し、その認定に基づき、「原告がユーザーに音楽データをダウンロードさせる行為」は自動公衆送信に該当すると認定しています。以下、それぞれの該当箇所を抜き出してみます。

本件サーバからユーザの携帯電話に向けた3G2ファイル(筆者注:携帯電話向けにコンバートされた音楽ファイルのこと)の送信(ダウンロード)について,送信行為の主体が誰かにつき検討すると,…中略…① 原告の提供しようとする本件サービス…中略…において,音源データの送信行為が不可避的であって,本件サーバから3G2ファイルを送信する行為は,本件サービスにおいて不可欠の最終的なプロセスと位置付けられること,② 本件サービスにおいて,3G2ファイルの蔵置及び携帯電話への送信等中心的役割を果たす本件サーバは,原告がこれを所有し,その支配下に設置して管理してきたこと,③ …中略…ユーザは,本件サーバにどの楽曲をダウンロードするか等の操作の端緒となる関与を行うものではあるが,本件サーバによる音源データの送信に係る仕様や条件は,原告によって予めシステム設計で決定され,その送信行為は,専ら,原告の管理下にある本件サーバにおいて行われるものであることに照らせば,本件サーバによる3G2ファイルの送信行為の主体は,原告というべきであり,ユーザということはできない。

本件サービスは,前記1(1)認定のとおり,インターネット接続環境を有するパソコンと携帯電話(ただし,当面はau WIN端末のみ)を有するユーザが所定の会員登録を済ませれば,誰でも利用することができるものであり,原告がインターネットで会員登録をするユーザを予め選別したり,選択したりすることはない。「公衆」とは,不特定の者又は特定多数の者をいうものであるところ(著作権法2条5項参照),ユーザは,その意味において,本件サーバを設置する原告にとって不特定の者というべきである。よって,本件サーバからユーザの携帯電話に向けての音源データの3G2ファイルの送信は,公衆たるユーザからの求めに応じ,ユーザによって直接受信されることを目的として自動的に行われるものであり,自動公衆送信(同法2条1項9号の4)ということができる。

以上の論旨をまとめると、判決の論理は次のようになると考えます。

  1. 「MYUTA」の基本システムは、原告が所有し、管理・運営している。
  2. ユーザーによる音楽データの携帯電話へのダウンロードは、あくまで自動化された「MYUTA」の一プロセスに過ぎない。
  3. とすれば、ユーザーの携帯電話へのダウンロードは、ユーザーによってではなく、「MYUTA」の運営主体である原告によってなされているものであると考えるべきである。
  4. ところで、公衆送信権における「公衆」とは、「MYUTA」の運営主体である原告の側から見て判断すべきである。
  5. この点、原告は、登録したユーザーであれば誰に対しても「MYUTA」を利用させていた。
  6. すなわち、原告は、「MYUTA」を全体的に見ると、不特定多数のユーザーに対し、音楽データをダウンロードさせている。
  7. したがって、原告は、公衆送信権侵害の主体となる。

ポイントは、(1)公衆送信権とは誰に対して送信することを指すのか、(2)サービスの運営主体は誰なのか、ということだと思います。

第一に、公衆送信権の「公衆」について、判決は、原告と個々のユーザーとの一対一の関係ではなく、原告とユーザー全体との一対不特定多数の関係で判断すべきであると述べています。原告の主張を完全に否定していますね。このような論理に類似するものとして、刑法175条のわいせつ物公然陳列罪の「公然」の考え方があります。たとえば、一度に一人ずつしか見えないような仕掛けが施されたわいせつ画像であっても、交代しながら不特定多数の人がその画像を見れるのであれば、わいせつ物を「公然と」陳列したと考えるのです。つまり、個々の関係では一対一であるが、全体で見ると不特定多数となっている場合、「公衆」を相手にしていると考えられるわけです。

第二に、判決は、システムの所有者、管理・運営主体は誰なのかという点を、かなり重視しているように考えます。過去の著作権がらみの判例を見ると、国内のテレビ放送を海外でも観られるようにするサービスである点が共通する「録画ネット」事件と「まねきTV」事件において、「録画ネット」事件では、サービス提供者が著作権侵害と認定されたのに対し、「まねきTV」事件では、サービス提供者の著作権侵害が認定されなかったことの差異が参考になると思います。

その差異とはすなわち、「録画ネット」事件においては、サービス提供者が全ての機材を所有し、サービスの管理・運営を行なっていました。一方、「まねきTV」事件においては、ユーザーが自ら機材を購入していたのでした。

この判例の判断基準を一般化すると、ユーザーが、自分で用意した機材を使って、自分自身に対してデータを送信している場合は、公衆送信権の侵害にはならないと考えられます。一方、ユーザーが、第三者の用意した機材を使って、自分自身に対してデータを送信している場合は、サービス提供者が公衆送信権の侵害とみなされると考えられます。「MYUTA」の場合でも、自分の費用でサーバーを買ってきて、携帯電話に音楽データを送っていれば、著作権侵害とは認定されなかったかもしれません。

「録画ネット」事件(平成17年11月15日知財高裁決定)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/842BD42DCC4020FC492570C100253DFF.pdf

「まねきTV」事件(平成18年12月22日知財高裁決定)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061222160510.pdf

以上のように、「MYUTA事件」判決は、過去の判例によって形成された判断基準を踏襲したものであり、過去の判例の延長線上に位置するものであると言えます。また、判決の論旨をきちんと読むと、決してインターネットの技術も知らずに意味不明なことを言っているわけではないとも思います。

とはいえ、この判決がどうにも腑に落ちないのは、アップロードした人しかダウンロードできないのに「公衆送信」したとされるのが日本語的に理解しづらいことと、やはり何と言っても、この判決の理論に従えば、オンラインストレージやWebメールといったインターネット上の定番となりつつあるサービスが著作権法的にブラックなものとされてしまう危険性があることに対する危惧感であると考えます。

「サービスの機材を誰が準備したか」という判例の判断基準で考えると、ほぼ全てのオンラインストレージサービスは企業が準備しているものであると考えられますから、サービスを運営している企業は著作権侵害で訴えられるリスクを常に抱えてしまうことになります。それでは、誰もオンラインストレージサービスを運営しようとは思わなくなるでしょう。そうやってインターネットの利便性が少しずつ失われていくわけです。果たして、それで良いのでしょうか?

「MYUTA事件」が今後はどういった展開を見せていくのかはわかりませんが、もし控訴審があるとすれば、過去の判例との理論的な整合性だけでなく、インターネットの将来性についても熟慮していただいたうえで、権利者だけでなく一般人も含むインターネットを利用する全ての者にとって最善の結果をもたらすような判断を下していただきたいと考えています。

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2007年5月27日 (日)

オンラインストレージサービスが著作権侵害?

GIGAZINE経由の情報ですが、東京地裁(高部眞規子裁判長)は、5月25日、「MYUTA」という携帯電話向けオンラインストレージサービスが、著作権(複製権および公衆送信権)侵害であるという判決を下したようです。

ネット上にデータを保存するサービスはすべて著作権侵害で違法です - GIGAZINE
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070526_music_storage_illegal/

「MYUTA」とは、イメージシティ株式会社が2005年11月から提供していたオンラインストレージサービスで、ユーザーが携帯電話用の形式に変換した音楽データをアップロードし、好きなときに自分の携帯電話にダウンロードして聴くことができるサービスだそうです。なお、アップロードした音楽データを携帯電話にダウンロードできるのは、アップロードしたユーザー本人だけだそうです。名前も聞いたことのないサービスだったのですが、実は2006年4月20日でサービス提供を終了しているようです。公式サイトは既に閉鎖されていますが、Googleキャッシュでサービス終了の案内を読むことができます。

この裁判の最大の論点は、「アップロードした音楽データを携帯電話にダウンロードできるのは、アップロードしたユーザー本人だけ」という「MYUTA」のサービス内容が、著作権侵害にあたるかということだと思います。なお、以下のリンク先のエントリーに詳細に論じられていますが、「MYUTA」の場合、ユーザーが私的利用の範囲内であると主張することは、著作権法第30条第1項第1号により難しいと考えます。

ナガブロ: ストレージの利用がなぜ著作権侵害なのか
http://nagablo.seesaa.net/article/42935209.html

さて、上記の論点につき、東京地裁は、以下のように述べているそうです(5月27日時点では、判決文はまだアップロードされていないみたいです)。

「MYUTA」の中枢になるサーバーはイメージシティ株式会社が所有、管理しており、同社にとってユーザーは不特定の者である。とすれば、複製と公衆(不特定多数)への送信の行為主体は同社である。

東京地裁の理論は、いわゆる「カラオケ法理」の適用ですね。「カラオケ法理」とは、著作物の利用者(Aさん)と、Aさんの著作物の利用行為に場や機会を提供し、Aさんの利用行為によって利益を得ている者(Bさん)がいたときに、AさんとBさんを同一視し、Aさんだけでなく、Bさんもその著作物の利用者であるとみなすという考えです。もともとは、JASRACに著作権使用料を支払っていなかったあるカラオケ屋が、「カラオケを歌っているのはお客であり、カラオケ屋自身は著作物を利用しているわけではないので、著作権使用料を支払う必要はない」と主張したことに対抗するための理論でした。

今回の「MYUTA」について考えると、たしかに「カラオケ法理」をそのまま適用すれば、イメージシティ株式会社は音楽データをユーザーにダウンロードさせているわけですから、同社が著作権侵害(公衆送信権侵害)の主体であると認定することは可能であるように思えます。

しかし、「カラオケ法理」が生まれる原因となった「クラブキャッツアイ事件」や、その後に「カラオケ法理」が適用されたことで有名な「ファイルローグ事件」と比較すると、「クラブキャッツアイ事件」や「ファイルローグ事件」では、そのサービスのユーザーが明確に不特定多数であったのに対し、「MYUTA」では、たしかにサービスのユーザーは全体的にみれば不特定多数ですが、個別具体的な音楽データのアップロードおよびダウンロードは、イメージシティ株式会社と特定のユーザーの間でのみしか行われていないという相違点があると思います。

この相違点をどう評価するかが問題ですが、「カラオケ法理」によれば、Aさん=Bさんなわけですから、いわば自分が自分に送っているだけだと考えられると思います。とすれば、そのような著作物の利用行為は、公衆に送信しているものではないと考えられますので、公衆送信権侵害とはならないのではないかと考えます。

まあ、僕の以上の法解釈論は誤っている可能性も高いのですが、ただ、法解釈というよりも、問題は今回の判決がオンラインストレージサービス、ひいてはインターネットサービス全体に及ぼす影響です。今回の判決の理論が、音楽データに限定されず、著作物一般に適用されるのだとすれば、オンラインストレージサービスどころかインターネットの未来は暗いと言わざるを得ません。最近、わいせつ図画公然陳列罪の正犯として画像アップロード掲示板の管理人が逮捕されるということがありましたが、何だかインターネットが過剰に規制される方向に向かいつつある気がしてなりません。もちろん、違法なものは違法で取り締まるべきではあるのですが、ひとたび過剰な取り締まりが行われれば、インターネットサービス全体に萎縮効果がもたらされ、将来的に社会・経済に悪影響を及ぼすように思います。「知財立国」とか言っていたのはどうしちゃったんですかねえ……。

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2007年5月25日 (金)

著作権保護期間を延長することの弊害とは

著作権保護期間を延長することの弊害とは - CNET Japan
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20347034,00.htm

上記の記事を興味深く読みました。記事にもあるように、延長賛成派がほとんどいない状況だったことが残念ではありますが、コピーレフトな僕にとっては、ほぼ全面的に同意できる意見ばかりでしたね。

僕が色眼鏡で眺めているからなのかもしれませんが、延長賛成派の理論は、「ミッキーマウス保護法」に見られるように、既得権益の保護を図りたいだけのものに過ぎないのであって、著作権法の終局的な目的である「文化の発展」を真に企図しているものとは到底考えられません。保護期間を延長することが新たな創作の活性化につながるとは、僕にはとても思えないのです。

ローレンス・レッシグもその方向性の議論をしていますが、著作権保護期間は現状のまま、あるいはむしろ短縮して、著作財産権者が必要だと思えば、一定回数に限り、有料で更新できるという登録制に移行するのが良いのではないかと思っています。

また、延長賛成派のなかには、著作者人格権を過剰に拡大解釈している意見が見受けられるようにも感じます。記事の最後に述べられているエピソードに象徴されていますが、著作者だから、あるいは著作者の遺族だからといって、著作物を自由に操れるものではないと思います。遺族が反対しているから復刊できない書籍がかなりあるそうですが、そのような態度は「文化の発展」を阻害するもののように感じられます。

個人的には、著作者人格権を著作者の死後まで保護する必要はないのかなと思っています。記事の最後にあったような、遺族の意に反する著作物の利用についても、同一性保持権や著作権法第113条第6項に基づいて差し止めを認めたりすると制約が大きすぎると思うので、たとえば名誉毀損等の民法や刑法の他の手段で救済を図れば良いのではないかと考えています。

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2007年5月24日 (木)

サイバー法規範の誕生

自由、平等、平和--運営者が語るSecond Lifeの魅力 - CNET Japan

上記のSecond Lifeの運営実態に関する記事を興味深く読みました。記事より一部引用します。

「ユーザーの管理もほとんどしていません。ユーザーはやりたいことをして、作りたいものを作るべきだと思っていますから。

 ユーザーから「隣の家が近すぎて気に入らない。Linden Lab、何とかしてよ」と言われても、Linden Labが何かをすることはありません。でも、本当にそれを望む人がいるなら、それはチャンスですよね。ユーザーの誰かが広大な土地を買って、コミュニティを作って、ルールを作ればいい。「隣の人の近くに家を建ててはいけない」とか、「大きな音で楽器を演奏してはいけない」といったように。そこでコミュニティの人から住民税を取ってもいいんです。その土地にほかの人が入って来られないようにしたり、コミュニティを管理したりできるようなツールもありますから。」

Second Lifeでは部分社会が自然発生していて、その部分社会の行動の基準となるルール=法規範が誕生しつつある様子が見て取れるのではないかと思います。もちろん、このような現象はもっと以前からオンラインゲームや2ちゃんねる等の掲示板では既にあったものと思いますが、Second Lifeでは、その動きがより現実社会に近似する形で、より柔軟に進行しているように思います。

これまでは「サイバー法」というと、リアルの法規範をいかにサイバースペースに適用するかという点にのみ着目される面が強かったと思います。しかし、上記の記事を読むと、Second Lifeにおいては、ゲーム内の部分社会の独自の法規範がリアルの法規範と拮抗する程度にまで発展しつつある(あるいは、発展しうる可能性を秘めている)と考えられます。

言い換えると、Second Lifeが突きつけてくることは、Second Lifeのようなサービス運営者が強制力のある管理をしないタイプのサイバースペースにおいては、リアルの法規範と対立する独自の法規範が成立する可能性があり、両者の法規範の間でコンフリクトが発生した場合、どちらに軍配が上がるか?ということなのではないかと考えます。

現状では、もちろんリアルに軍配が上がるでしょう。しかし、Second Lifeの興隆により、両者のパワーバランスは、近い将来に逆転する可能性もあるのではないかと感じています。中国人グループ等の暗躍のせいもあり、現状ではRMTは犯罪的なイメージが強いですが、Second LifeにおいてはRMTも合法で有効な手段となっているようにです。

その日が来るのはいつなのか、Second Lifeの今後の動向に注目していきたいと思います。

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2007年5月23日 (水)

ToleranceとCultureの関係性

セカンドライフのパロディが登場--その名もファーストライフ - CNET Japan

First Lifeに対するLinden Labの対応は素晴らしいと思います。

記事より一部引用します。

「Barefoot氏によると、Second LifeのパブリッシャーであるLinden Labは、訴える代わりに、Barefoot氏のジョークに満足しているという通知を受け取ったという。」

これぞ大人の対応と言うべきです。

フランスの著作権法には、その名も「パロディ権」と言って、有名な作品のパロディを作る権利が認められているそうです。パロディ権は日本やアメリカの著作権法にはありませんので、原則論を言えば、「ファーストライフ」は著作権侵害としてLinden Labに訴えられる危険もあります。しかし、そこをあえて許容する寛容さ、それこそが著作権法の最終的な目的である「文化の発展」に寄与するのではないかと考えます。

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2007年5月22日 (火)

著作権等の侵害罪の非親告罪化?

たけくまメモ : 【著作権】とんでもない法案が審議されている
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_b72f.html

上記エントリーを読んで初めて知ったのですが、著作権等の侵害罪(著作権法第119条)の非親告罪化が議論されているようです。

親告罪とは、「告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪」を言います。簡単に言うと、被害者が裁いてくださいと訴えない限り、警察が捜査を開始しない犯罪のことです。親告罪の代表例としては、名誉毀損罪や強姦罪が挙げられます。これらの罪は、捜査や裁判を通じて事実が公にされることで、被害者に不利益が生じるおそれがあります。だから、捜査をするかしないか、裁判をするかしないかの決定権を被害者に委ねているわけです。

ところで、著作権等の侵害罪が親告罪とされている理由はなぜなのでしょうか?僕もあまり詳しくはないので推測に過ぎないのですが、そもそも著作権者は任意に第三者に著作物の利用の許諾を与えられるのですから、著作権等の侵害行為=著作権者の意思に反する利用であると考えられます。しかし、著作権者の意思に反しているかいないかについては、それが内心の問題であるため、外見的に判断することが困難です。したがって、著作権者に訴追の意思を明示してもらうことで、それが著作権者の意思に反する利用であることを明確化しているのだと考えます。

では、著作権等の侵害罪を非親告罪化すると、どういう結果がもたらされるのでしょうか?上述のとおり、見た目だけでは、それが著作権者の意思に反する利用であるかどうかを判断することが難しいわけですから、警察としては、著作権侵害事件として捜査すべきか否かの困難な判断を求められることになります。場合によっては、不明確な判断基準により、恣意的な捜査がなされる危険があるかもしれません。また、ひとたび捜査を開始して裁判にこぎつけたとしても、後から著作権者の意思に反していないことが判明するなどといった混乱が生ずるかもしれません。

ちなみに、特許権侵害罪については、平成10年の法改正により、既に非親告罪化されています。それに対して、当時、著作権等の侵害罪の非親告罪化が見送られたのは、「第三者の告発の濫発の懸念」があるからのようです(作花文雄『著作権法 基礎と応用 第2版』261ページ)。

この懸念こそが、最も重要視すべきものだと考えます。たけくまメモにも述べられていますが、創作とか文化とかいうものは、その基礎に模倣があると考えます。最初からオリジナルの作品を作れる人間などいません。みんな、過去に発表された自分のお気に入りの作品のマネをすることで、自らの表現技法を磨いてきたわけです。それが、いきなり警察に「マネをすることは著作権侵害だ」として逮捕されるとなったらどうなるでしょうか。誰も自らの原石を磨き上げることができなくなってしまうでしょう。「そんな心配は誇大妄想で、単なる杞憂だ」と思う方もいるかと思いますが、著作権等の侵害罪の非親告罪化により、「逮捕されるかもしれない、だからやめておこう」という萎縮効果が生じてしまう可能性は否定できないと考えます。そのような萎縮により、創作活動や文化の発展がどれくらい阻害されることになるでしょうか。

個人的には、著作権等の侵害罪の非親告罪化によってもたらされる萎縮効果の被害は、非親告罪化によってもたらされる利益(そもそも誰のどんな利益なのでしょうか?)よりも大きいと考えます。そのような比較衡量において、僕は著作権等の侵害罪の非親告罪化に反対します。

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2007年5月11日 (金)

リンク集が児童ポルノ処罰法違反の幇助?

スラッシュドット ジャパン | 児童ポルノ掲載URLを紹介するサイトの運営者ら、公然陳列幇助で逮捕・起訴
http://slashdot.jp/article.pl?sid=07/05/09/2141250

「児童ポルノ画像の掲載された他のサイトのURLを不特定多数に紹介する会員サイトを運営していた2人が、児童買春・ポルノ禁止法違反(児童ポルノ公然陳列)幇助にあたるとの容疑で逮捕、起訴された」(上記スラッシュドットの記事より引用)そうです。

ただ、上記スラッシュドットのタレコミ文にある「URLを紹介しただけで逮捕されるのは全国初だ」という認識は誤りだと思います。なぜなら、「FLMASKリンク事件」(大阪地方裁判所平成12年3月30日判決)という、マスク処理を施したわいせつ画像(一見するとモザイクがかかっていてわいせつ画像には見えないが、容易にモザイクを除去できる画像)へリンクを張っていた行為が、わいせつ図画公然陳列幇助罪にあたると認められた事例があるからです。ちなみに、スラッシュドットのエントリーの元ネタである東京新聞の記事では、「児童ポルノ画像が掲載されたHPのアドレスを紹介しただけで逮捕されるのは全国初」だとされており、「FLMASKリンク事件」との区別はできているように思います。なお、園田寿教授のホームページに、「FLMASKリンク事件」の判決文等が掲載されていますので、ご紹介します。

FLMASKリンク判決要旨
http://sonoda.e-jurist.net/data/fl_link01.html

ただ、リンク行為がただちに幇助犯を構成するか否かは、学説上はもちろん、判例上も確定はしていないと思います。たとえば、1996年9月には、海外のアダルトサイトへリンクを張る行為がわいせつ図画公然陳列罪幇助にあたるとして逮捕されたものの、結局、不起訴となった「広島わいせつリンク事件」があります。
http://www.asahi-net.or.jp/~VR5J-MKN/120.htm

そもそも、幇助という概念は非常に幅が広いので、特にインターネットにおいては、何でもかんでも幇助で有罪とされてしまいかねません。園田寿教授も、以下のコメントで、「検索エンジンも幇助犯とされてしまいかねないのではないか」という懸念を表明されていますが、僕も同意見です。昨年、Winnyの開発者が著作権侵害の幇助で有罪とされましたが、幇助概念の不用意な拡大は、インターネットにおける技術的・経済的イノベーションに対する大きな萎縮効果を及ぼす危険性があると考えます。
http://sonoda.e-jurist.net/data/link_com.html

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2007年5月 9日 (水)

タイ政府がYouTubeを不敬罪で訴える?

スラッシュドット ジャパン | タイもYouTubeを訴える
http://slashdot.jp/article.pl?sid=07/05/07/2036200

タイ政府が、YouTubeを不敬罪で訴追することを検討しているそうです。

タイ国の刑法についてはひとかけらの知識もありませんので、その適用範囲がどうなっているのかさっぱりわからないのですが、日本国刑法と同様に、「属地主義」を取っている可能性は高いのではないかと思います。

タイ国の刑法が不敬罪について「属地主義」をとっているのであれば、YouTubeのサーバにアップロードされているタイ国王を貶める動画がタイ国内で再生されることにより、不敬罪の実行行為の一部及び結果がタイ国内で発生することになりますので、不敬罪は成立すると考えます。

ところで、不敬罪の「犯人」は誰なのでしょうか?この点、主犯となるのは、YouTubeの利用者に再生させる意思をもって不敬な動画をYouTubeにアップロードした人物であると考えます。では、YouTubeの責任はどうなるのでしょうか?

テレビで不敬な映像を放送することのアナロジーで考えると、不敬な映像が放送されていることを知っており、それを停止させることもできるのに、あえてテレビ局が放送を続けたとすれば、テレビ局は不敬罪を「幇助」していると考えられます。とすれば、YouTubeも、不敬な動画がアップロードされていることを知り、簡単に削除できるのにしなかったとすれば、不敬罪の幇助犯としての責任を問われることになるのではないかと考えます。

(10分くらいで適当にでっち上げたものなので、細かい法律問題の検討はできていません……。ツッコミ大歓迎です!)

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2007年5月 3日 (木)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス付与しました

このブログにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを付与しました。「表示 - 継承 2.1 日本」になります。このブログのうち、僕が創作し、僕自身が単独で権利を有するコンテンツは全て、誰でも自由にコピペしたり、一部を改変して新しいコンテンツを創作したり、印刷して売ったりすることができます。ただし、その際には必ず、(1)僕の名前をクレジットすること、(2)一部を改変して新しいコンテンツを創作した場合は、その新しいコンテンツをオリジナルである僕のコンテンツと同じ条件(つまり、自由に複製、改変、営利目的利用ができるということ)において公開することが必要になります。ブログの一番上に表示されているライセンスのアイコンをクリックしてみてください。さらに詳しい説明を読むことができます。

硬い話はこれくらいにして、ココログフリーにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを埋め込むのに苦労しました……。本当はサイドバーに表示させたかったのですが、どこをいじってもhtmlタグを埋め込むことができませんでした。タダで使わせてもらっているのであまり文句は言えませんが、もう少しテンプレートの設定に自由度があると良い感じですね。

結局、ブログのサブタイトルの部分に無理やり埋め込みました。まあ、これはこれで、常に見やすい場所に表示されますし、悪くはないかなというか、むしろ気に入っています。ただ、PCで見る分には問題ないのですが、携帯で閲覧すると、アイコンの画像ファイルが表示されなかったり、エントリーが表示されるまで画面が縦に伸びてしまっているようで、なんとなくカッコ悪いです。これは僕の携帯がヘボなせいなのかもしれませんが……。ちなみに、携帯はF702iDになります。

Creative Commons Japan - クリエイティブ・コモンズ・ジャパン
http://www.creativecommons.jp/

クリエイティブ・コモンズ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%BA

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