成田美名子『花よりも花の如く』第1巻から第5巻までを読みました。「能」を描いた異色作ですが、かなり面白かったです。これまでの人生で、歌舞伎や落語は生で鑑賞したことがありましたが、恥ずかしながら能を観たことはありませんでした。そのことが悔やまれるほど、能を魅力的に描いているマンガだと思います。せっかく東京に住んでいて近くに能楽堂があるわけですから、近いうちにぜひ舞台を見に行きたいと思っています。
さて、本作は能の世界をリアルに描いているため、ちょっと薀蓄が多いというか、専門用語や細かい背景知識の解説が多いのが特徴だと思います。また、能という古典芸能に携わる様々な人々の想いや心理を丁寧に描写していることも特徴です。それら2つの特徴のために、本作は文章量が多く、読むスピードが遅くなってしまうのが欠点と言えば欠点だとは思います。クラシック音楽という違うジャンルではありますが、特殊や芸能を描いている点が共通している『のだめカンタービレ』と比較すると、『のだめカンタービレ』のほうがインスピレーションというか感覚的な描写が主体であるのに対して、本作の文章量の多さは際立っていると思います。もちろん、その分、繰り返し読むと能という芸能の奥深さが実感されてくるところは本当に素晴らしいと思います。第6巻が出るのが待ち遠しいです。
本作に影響されて、久しぶりに『風姿花伝』を読み返してみました。『風姿花伝』は、大学時代に所属していた奇術愛好会の大先輩から「手品の腕前を上げたかったら、手品だけをやっていてはダメだ。数多く舞台を観て、色々な芸能から学ばないといけない」と言われて、まず読むべき本として紹介していただいたものです。学生当時はそこそこ感銘を受けた部分もありましたが、さすがにほとんど内容を忘れてしまっていました。とはいえ、読み返してみて、改めて良いなと思う部分がいくつかありましたので、ちょっと書き抜いてみます。
そもそも、上手にもわろき所あり。下手にも、よき所必ずあるものなり。…いかなるをかしきシテなりとも、よき所ありとみば、上手もこれを学ぶべし。…もし、よき所を見たりとも、我より下手をば似すまじきと思う諍識(Rivast註:自分勝手な慢心から生ずる争い心)あらば、その心に繋縛さられて、我がわろき所をも、いかさま知るまじきなり。…人のわろき所をみるだにも、我が手本なり。いはんや、よき所をや。(第三 問答篠々)
能に、強き・幽玄・弱き・荒きを知る事、大方は見えたる事なれば、たやすきやうなれども、真実これを知らぬによりて、弱く、荒きシテ多し。…弱かるべき事を強くするは、偽りなれば、これ、荒きなり。強かるべき事に強きは、これ、強きなり。荒きにはあらず。…また、強かるべき理過ぎて強きは、殊さら荒きなり。(第六 花修云)
そもそも、花と云うに、萬木千草において、四季折節に咲く物なれば、その時を得て珍しき故に、玩ぶなり。申楽も、人の心に珍しきと知る所、即ち面白き心なり。…いづれの花か散らで残るべき。散る故によりて、咲く比あれば、珍しきなり。…物数を極めつくしたらんシテは、初春の梅より秋の菊の花の咲き果つるまで、一年中の花の種を持ちたらんが如し。いづれの花なりとも、人の望み、時によりて、取り出だすべし。…ただ、花は、見る人の心に珍しきが花なり。(第七 別紙口伝)
秘する花を知る事。秘すれば花なり。…人に心を知られぬれば、敵人油断せずして用心を持てば、かへつて、敵に心を附くる相なり。敵方用心をせぬ時は、此方の勝つ事、なほたやすかるべし。(第七 別紙口伝)
因果の花を知る事、極めなるべし。一切、みな因果なり。…しかれば、稽古するところの因おそろかなれば、果を果たすことも難し。…そもそも、因果とて、よき・あしきのあるも、公案をつくして見るに、ただ、珍しきと珍しからぬの二つなり。…本来より、よき・あしきとは、何をもて定むべきや。ただ、時によりて、用足る物をばよき物とし、用足らぬをあしき物とす。…ただ、時に用ゆるをもて、花と知るべし。(第七 別紙口伝)
こうやって書き抜いてみると、なかなか含蓄に富んだ教えが多いなあと思います。特に三番目の教えなどは、まさに手品の極意みたいな感じがしますね。最近、手品の練習をあまり真面目にやっていませんでしたが、一つの芸を極めるために人生をかけた人の言葉を読むと、またいっちょ練習してみるかという気にさせられるものです。
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